062 問題は希望への入口


希望は、それを求める気の毒な人を決して見捨てはしない。
ジョン・フレッチャー


ワンダフル(wonderful)とは、
wonder(驚きに)+ful(満ちている)。
希望とは、すでにここに満ちている驚きに気づくこと。


***

この世はすでに、驚き、不思議、希望に満ちている。それが「ワンダフル(wonder + ful)」の語源だ。

この「ワンダフル」は、どんな人にも同時に与えられているもの。あとは、その人がそれに気づくかどうかだ。


気づくためには、ワンダーな世界に目を向け、冒険を始めなければならない。

冒険といっても、大げさなことではない。今日から散歩を始めることだって冒険だ。

散歩をしながら、いつもと違ったワンダフルな視点で風景を見てみる。すると、足元に咲いている小さな花にも、驚きがあることに気づく。

ワンダフルな世界に踏み出すつもりで、散歩に出かけよう。小旅行に出かける気分で。


小さな自分の中で考えていることが問題を生み出す。

ワンダフルな世界に自分を置くと、問題は問題でなく、問題は希望への入り口だったことに気づくだろう。



















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# by kojobunko | 2019-03-03 07:27 | 名言ワンダフルライフ365 | Comments(0)

061 本当によく考えるということ(名言ワンダフルライフ365)


君がもし考えることをせぬ人間であるとすれば、いったい君はなんのために人間であるのか。
サミュエル・テイラー・コールリッジ


考えることの目的はたったひとつ、
この自分を知ること。


***

自分はもともと、まったくと言っていいほど本を読まない人間だった。それが、20代の半ば頃から突然読み出すようになった。

それは「宇宙の仕組みを知りたい」という願いを持ったときからだった。

それからその疑問を解き明かすべく、暇があったら本を読み続けた。朝起きて、通勤の電車の中で、お昼休みに、帰りの電車で、晩ご飯を食べながら、布団の中で・・・。

そんな生活を半年ほど続けたとき、とつぜん体調不良で微熱が続くようになった。精神的にも不安定になるし、最後には血尿まで出始めた。その原因は説明するまでもなく明らか。本を読みだすと同時に、考える人へと変貌してしまったからだ。それまで、本も読まなければ、それほど深く考えもしない人間が、とつぜんそんな生活を始めたのだから。


それから30年経ったが、いまでも考える人に変わりはない。若い頃よりも、考えることが上手になったかというと、まったくそんなことはない。相変わらず「宇宙の仕組みを知りたい」と思っているし、日常の悩みも尽きない。

でもよく考えてみると、「宇宙の仕組みを知りたい」と言いつつも、本当に知りたいのは宇宙じゃないのかもしれない、とふと思った。

ならば、本当に知りたいのはなんなのか? 

それは「自分」なのかもしれない。

宇宙の仕組みが分かったら、自分がわかるかもしれない、という淡い期待の中で生きている感じがするが、自分がわかったら宇宙の仕組みもわかるのかも。

こんな具合で、これからも一生、考える人を続けることになりそうだ。




















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# by kojobunko | 2019-03-02 08:16 | 名言ワンダフルライフ365 | Comments(0)

060 天才だけが持つ感性(名言ワンダフルライフ365)


きみの写真が傑作にならないのは、
あと一歩、被写体に近づいてないからだ。
ロバート・キャパ


相手とピタリと一体になる間合いは、
近すぎず遠すぎず、その1点のみ。


***

世の中には生まれながらに、天才的な才能をもって生まれてきたような人がいる。

大阪時代にデザイン業界で仕事をしていたとき、その才能に嫉妬してしまうほどの才能をもつ友人がいた。そんな才能を周囲が放っておくわけがない、その人柄も相まって、大きな仕事を次々とこなしていった。いまでも彼は最前線で活躍している。自分もそうなれたらいいなと、ずいぶんうらやましく思ったことを思い出す。

でもその頃、その友人と二人で飲んでいたとき、自分がそのとき発行していた名言解説のメルマガを読んでくれていて、その内容をほめてくれたことがあった。こんな文章表現は、自分にはできないと。確かにその「21世紀に伝えたい偉人100」というメルマガは人気で、読者数3000人近くいたことを思い出す。

誰にも、その人にしかできない、その人にだけに与えられた才能がある。それを伸ばしていくことが大事なんだと教えてもらった気がした。


ロバート・キャパの今日の名言。

きみの写真が傑作にならないのは、
あと一歩、被写体に近づいてないからだ。

これもキャパという天才が持つ感性だから分かることで、凡人にとってはその「あと一歩」が分からない。

合気道においても、相手とピタリと一体になれる間合いは、ただ1点しかない。遠からず、近からず、たった1点なのだ。その1点が分かると達人となり、相手と一体となて自由に導いてしまう。

天才キャパは、被写体と一体になるその間合いを知っていたのだ。


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# by kojobunko | 2019-03-01 14:22 | 名言ワンダフルライフ365 | Comments(0)

059 じぶんの人生の応援団長(名言ワンダフルライフ365)


母の自分に対する愛は、
それが盲目的であればあるほど尊かった。
子と母との間には何らの理解も要しなかった。
菊池寛


じぶんひとりでは生きていられない。
だれにも応援団がついている。
その応援団長が母である。


***

心配ごとがつきないじぶんを、よく見放すことなく見守ってくれているものだ。

それがじぶんの、母への思いかもしれない。

誰の人生もそうかもしれないが、山あり谷あり、よく今まで生き延びてこれたものだ。本当に何が起こるか分からないのがこの人生。人生の場面はどんどん変わっていく。その中で変わらないのは家族の存在かもしれない。

じぶんの人生もご多分にも漏れず相当スリリングに展開してきたと思う。破天荒というか、非常識というか、興味があることはどんどんやってきたし、いまもその途上にある。

大阪で自営を始めてしばらく経ったとき、バブル後の厳しい時期だったこともあり、翌月の事務所の家賃が払えくなり、管理会社のちょっと厳つい男性が取り立てに来た。そしてしかたなく母にヘルプを出したことが1回だけあった。

詳しく状況を聞くこともなく、助けてくれたことを思い出す。それからしばらく、内職で稼いだ中から2万円を毎月送ってくれた。事業の維持費としてはすずめの涙だが、生活費としてしばらく使わせてもらったことがあった。

金額の云々ではなく、気にかけてくれている人がいる、それだけで励みになった。

振り返るとたくさんの人たちに助けられた。じぶんひとりでは生きてこれなかった。助けてくれたすべての人たちがじぶんの応援団だと思う。

その応援団の、応援団長こそが母なのだと思う。






















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# by kojobunko | 2019-02-28 07:37 | 名言ワンダフルライフ365 | Comments(0)

058 音のギフト(名言ワンダフルライフ365)


小川のせせらぎにも、草の葉のそよぎにも、
耳を傾ければそこに音楽がある。
ジョージ・ゴードン・バイロン


心が空になったとき、
すべての音が聞こえ出す。


***

誰の人生にも何度か大ピンチはやってくる。自分にも大ピンチは2回やって来た。

でも、大ピンチだと思っていたことが本当は大チャンスだったことに、後で気づく。

大ピンチとは、今まで手にしてきたものを失おうとしているとき。失いたくないと思うその心に、大ピンチはやってくる。でも、失うことを受け入れたとき、大ピンチは大チャンスへと変貌するのだ。


この大ピンチから大チャンスへと変貌する瞬間にしか味わえない、とても貴重な体験がる。

それは「心が空になる」ということ。

失うことを受け入れ、手放した瞬間に、心は空になる。

大病を患って生還した人や、九死に一生を得たような人はよく分かるはず。

心が空になると一輪の花の美しさに感動して涙したり、鳥たちのさえずり、小川のせせらぎ、風のささやき、空の心になると今まで気づかなかったものが見えたり、聞こえたりする。

もう一つよく聞こえてくるのが、自分の本心の声。自分が何をするために生まれてきたのか、それを鮮明に教えてくれる。大病の後、その声を聞いて人生が激変した人は多い。


でも、空の心は長くは続かない。

新たなものを受け入れ、歩き出したとき、心は空でなくなるからだ。

大切なこと、それは空の心で聞いた声や音をしっかりと心に録音しておくこと。

それは人生で何度も聞くことができない音のギフト。その音や声は、その先の人生を照らしてくれる羅針盤となってくれる。


























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# by kojobunko | 2019-02-27 07:16 | 名言ワンダフルライフ365 | Comments(0)

057 見えるご縁と見えないご縁(名言ワンダフルライフ365)


小才は、縁に出合って縁に気づかず。
中才は、縁に気づいて縁を生かさず。
大才は、袖すり合った縁をも生かす。
柳生宗矩


縁には、見えるご縁と見えないご縁がある・・・。
見えるご縁は、枝葉のように華やかにつながり、
見えないご縁は、根幹のようにしっかりと大地につながっている。


***

この名言に触れ、自分はどうあがいても大才にはなれない。華やかなご縁もないし、どちらかというと自分はご縁をつなぐのが下手だなと、少しがっかり。どうせなら、一度は華やかなご縁に囲まれて、成功者を演じてみたいものだと、心のどこかで願っている。

でも、これまでの自分のあり方や、やって来たことを振り返ってみると、どう大めに見ても、そんな表舞台に立つような華やかさを持っているとは思えない。どちらかというと裏方向きだな。

自分の周りにも、自分に似たタイプの人がけっこういる。自分も含め、そうした人たちは、良くいう人生の負け組に入ってしまうのか?


誰もが、華やかな成功者に憧れ、自分もできることならそうなりたいと思っている。だが、ご縁が巡ってこないかぎりそうなることはない。大才とは、訓練して得られるものではなく、やはり生れながらにその才能を選んできた人だと言った方がいい。

例えば、その人を一本の木に例えるとよく分かる。大才とは、字のごとく「大木」だと思えばいい。大きな木には豊かな枝葉が伸び、たくさんの花を咲かせ、実をつける。そこにはおのずとたくさんの生き物が生息し、またやって来る。ご縁はどんどん広がっていくのだ。

小才とは、小さな木だ。もともと枝葉も細く、花も実もささやか、だから他の生き物がやって来ることも少ない。

ならば、大木が偉くて、小木が偉くないかというとそんなことはない。木の種類や大きさは違えども同じ大地に生えているのだから。見た目は小さく、ご縁は少ないように見えても、大地というご縁は、大木も小木も一緒なのだ。そこに優劣をつけたがるのが人間だ。

いま与えられたご縁を大切にする、それが一番大事なこと。大木は大木として、小木は小木として、そのご縁を大切にする。

ご縁には大きく分けて2種類がある。それは、見えるご縁と見えないご縁・・・。

見えるご縁は、枝葉のように華やかにつながり、
見えないご縁は、根幹のようにしっかりと大地につながっている。

誰もが目に見える華やかな枝葉のご縁に憧れるが、本当に大切にすべきは見えないご縁。目をつむってそのご縁を感じてみると、両親や先祖、恩師、良友、恩人など、驚くほどの良縁に、すでに恵まれていることに気づく。

目に見える華やかなつながりだけがご縁ではない。見えないご縁を大切にしてこそ、見えるご縁は広がっていく。



















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# by kojobunko | 2019-02-26 06:21 | 名言ワンダフルライフ365 | Comments(0)

056 自分が動くと現状も変わる(名言ワンダフルライフ365)


どんな英雄も最後には鼻につく人間となる。
ラルフ・ウォルドー・エマーソン


傲慢とは、自分は動かず人を動かそうとすること。
謙虚とは、人のために自分が動くこと。


***

今までうまくいっていたものが、うまくいかなくなった。やり方が間違っているのか、努力が足りないのか、何が問題なんだろう? だんだんと切羽詰まって、今のままじゃダメだと思い出す・・・。

けっきょく問題だったのは、「自分は動こうとせず、周りが動いてくれるのを待っていた」そのことが原因だったことに気づく。


この宇宙は、つねに変化し続けている。それを人間的にいえば、進化、成長しているといえる。宇宙が本当に進化しているのかどうかは分からないが、確実に変化していることは確かだ。

そんな大きな視点から見ていくと、銀河系、太陽系、地球、そこに生きる人間・・・そのすべてが宇宙に含まれているわけで、その中で生きている自分もまた、つねに変化、進化し続けて同然なわけだ。

だが、老化とともに死が近くなると、変わることを受け入れるのが難しくなってくるようだ。年をとった人と接すると、頑固だなと思うくらいに、自分を曲げない。それは、死が近くなった証拠だ。変化に対応できなくなるということは、死が近いということだ。

英雄と言われた人でさえ、変化できなくなる。それは頑なになるということだ。変化できないということは、死が近い。英雄といえども死は避けて通れない。


人は生きているかぎり新鮮でありたい。新鮮であるということは変化し続けるということだ。変化するということは、自分が動くということ。自分が動かずに人を動かそうとすることを傲慢といい、人はそのままに自分が動くことを謙虚という。

傲慢とは、自分は動かず人を動かそうとすること。
謙虚とは、人のために自分が動くこと。

事がうまく運ばなくなったということ、それは変化すべきときだというサイン。そのときは自分が動く、それが変化であり、進化なのだ。変化できなくなったとき、人生の時間も止まる。


















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# by kojobunko | 2019-02-25 05:17 | 名言ワンダフルライフ365 | Comments(0)

055 あの喜びの涙の意味(名言ワンダフルライフ365)


もし人が清い思考を保つなら、
彼には喜びばかりがつきまとう。
ジェームズ・アレン


あの希望の光と出会ったときの、喜びの涙を思い出そう。
それだけで、心は一瞬にして幸福に満たされるから。


***

愚痴、不平不満のオンパレード。「なんで自分だけこんなにうまくいかないんだよ!」と言って、天に向かって唾を吐く。

自分たちが日々目にするのは、成功者の活躍か、ニュースのネタになるような人生の闇でもがいている人たちの姿ばかり。活躍している人を見るとうらやましくもあり多少なりとも妬みの心も出てくる。闇にある人の姿を見ると、あんな風にはなりたくない、自分はまだマシだなと胸をなでおろす。

たいてい誰もが、この両極を振り子のようにゆらゆらと揺れながら、自分の人生を客観視し、なんとか心を満たしながら生きている。


でもときに、その領域から飛び出して、例えば途上の国に飛び込んで、自分の全財産を投げ打って、そこに住む人たちを救済しようと奔走している人がいる。何が彼や彼女をそこに駆り立てたのか。

ほとんどの人たちは自分の人生の将来を考え、老後を平安に過ごすということを人生の目的として、そのために働き、そのために貯蓄し、そのゴールに向かって人生設計をしていく。

でも、駆り立てられた彼や彼女は、その老後の平安よりも、もっと大きな喜びに気づいてしまった。


自分に与えられた、この人生の時間を何に使うのか?


こういう人たちは間違いなく、喜びの光に出会い、喜びの涙を流している。そして、やむにやまれない、内から湧き上がる力に動かされる。そして、この人生の時間をこのことにかけてみようと思った。

そのとき流した喜びの涙は、自分の本当の願い。その喜びの原点から、新たに自分を始めてみようと決めたとき、本当の人生が始まる。


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# by kojobunko | 2019-02-24 07:06 | 名言ワンダフルライフ365 | Comments(0)

054 自分のアイデンティティは?(名言ワンダフルライフ365)


過去から学び、今日のために生き、未来に対して希望をもつ。
大切なことは、何も疑問を持たない状態に陥らないことである。
アルベルト・アインシュタイン


自分の根幹を感じてみる。
どんな人にも必ず根幹となるものがある。
どれだけ時代が変わり、環境が変わっても、
揺るがない、変わらないもの、
それが自分の根幹だ。


***

アインシュタインのこの名言に触れ、果たして自分は万全を尽くし、誠意をもって生きてこれただろうかと、自分に問いかけてみたい気分になった。

時代や環境はどんどん変わっていく。今のこの時代の変化、進化の速さは、歴史上類を見ない大変化のときだと思う。あまりにもいろいろなものが大量に流れ込んできて、気がつけば自分というものを見失っていないだろうか。

まさにアインシュタインが言う「何も疑問を持たない状態に陥っていないか?」という問いかけだ。


「自分にとってのアイデンティティ、根幹は何か?」と問いかけてみた。

鎧を下ろし、武器を捨て、衣さえも脱ぎ捨て、真っ裸の自分になってみる。残ったものは、両親とのつながり、20代に恩師からいただいた一幅の掛け軸とそこに書かれた銘、あと座右の書一冊、この3つだけだった。

こうして自分の根幹を感じてみる。どんな人にも必ず根幹となるものがある。どれだけ時代が変わり、環境が変わっても、揺るがない、変わらないもの、それが自分の根幹だ。この根幹を大切に、これからもそれを養いながら、大きくしていく。

そして自分らしく、枝葉を伸ばし、人の木陰となり、花を咲かせ、実をつける。その花を愛で、その実を喜んでくれる人が一人でもいれば十分に生きている価値がある。そのタネは大地に落ち、新たな命となる。その実を鳥が食べ、タネを異国の地に運んでくれる楽しみもあるだろう。

アインシュタインの名言に触れ、過去から、今の自分を経て、未来へとつながっていく、そのいのちのつながりや流れ、自分という存在のアイデンティティに想いを巡らした。




















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# by kojobunko | 2019-02-23 07:22 | 名言ワンダフルライフ365 | Comments(0)

053 人は見えないパイプでつながっている(名言ワンダフルライフ365)


いかなる人間の思考も、他人の考えについての思考にほかならない。
最も深い思想の人たちは、自分にとってよいものを他人の考えから採択し、それをいっそう前進させるものである。 アラン


太いパイプがあれば細いパイプもあり、
人と人とは見えないパイプでつながっている。
そのつながりは、まるで血管のようにつながり、
全体を生かしている。


***

一個人が好きなことを始めて、あれよあれよとそのことが社会で評価されていく。それはドラマチックで、まさにドラマを見ているようで気持ちいい。

でも、それを見ている自分の心の底には、「いつか自分も」という野望のようなものが含まれているものだ。

そうして成功している人たちに共通しているのは、誰かの真似をしてやっていることではなく、その人が遊びのように、いくらでも飽きることなく、湧き出るように続けられることで、その人そのもののような響きを持っていること。借り物ではメッキが剥がれ、けっきょく人を感動させ続けることはできないものだ。

そんな何かの分野で突出した存在になってみたい、ということは誰もが思うことではないだろうか。自分もぜひ、そんな体験をしてみたい。借り物じゃなく、内から湧き出してくるもので、「人を喜ばせたい、感動させたい」。

どうやらそれは、小手先のテクニック云々というものではなく、あるべき太いパイプによって流れ出てくるもののようだ。そのためにはまず、そのパイプを見極めること。そして、そのパイプの通りを良くするために、日夜掃除をやり続けること。

生まれたからには、必ずそのパイプは誰にも与えられている。孔子は「五十にして天命を知る」という言葉を残しているが、何かに志せば、おのずといろいろな経験の中からそのパイプを見つけられるようになるときが来る。それを孔子は「天命」と呼んでいる。

そのパイプは、その人が生きている間に使うものだが、その人が死んだ後にもその見えないパイプは残り、そこから新たなつながりが生まれ、ずっと未来へとつながっていく。こうして、人と人とは見えないパイプでどこまでもつながっていく。

自分から太いパイプ、細いパイプ、いろいろなパイプが伸びていて、おのおのがどこかでつながっている。そのパイプはまるで人体の血管のようにつながり、おのずと大きなひとつの存在の調和を保ちなら、全体の一部としつ進化しているのだ。

















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# by kojobunko | 2019-02-22 07:05 | 名言ワンダフルライフ365 | Comments(0)

052 お年寄りが目を輝かせるとき(名言ワンダフルライフ365)

危険が身に迫った時、逃げ出すようでは駄目だ。
かえって危険が二倍になる。
しかし決然として立ち向かえば、危険は半分に減る。
何事に出会っても決して逃げ出すな。決して!
ウィンストン・チャーチル


失敗とは、自分が本気で生きてきた証。
果敢に挑戦した人だからこそ味わえる楽しみがある


***

何の問題もなく、楽しく、楽に、すらすらとクリアしながら流れていく人生をプレゼントします、と言われたら、誰もが大喜びするだろう。

でも、よく考えてみると、それがゲームで、例えばスーパーマリオだったらどうか。何の障害もなく、すらすらと平坦な道を淡々と進むだけでゴールできるスーパーマリオ・・・。全然楽しくない。

行く手に障害が次々とやってきて、それをクリアしながら果敢にチャレンジしてく、あの感覚が楽しいのだ。

人生も同じで、何の問題もなく、楽しいだけで過ぎていく時間が本当に与えられたら、どんなに退屈でつまらない人生だろう。


老人ホームのお年寄りは、もう冒険をすることもなく、淡々と一日の時間が過ぎるのを待っている。まさに障害物のないスーパーマリオのようなものだ。でも、そのお年寄りが目を輝かせて話し出す話題がある。

それは自分の失敗談を話すとき。

何の苦労もなく幸せなときを思い出して目を輝かせるならまだしも、失敗談に目を輝かせて楽しそうに話をするという。

失敗とは、自分が本気で生きてきた証。
果敢に挑戦した人だからこそ味わえる楽しみ。

その経験こそ、あの世に持っていける最高のみやげ話になることを、人生の先輩たちは教えてくれている。




















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# by kojobunko | 2019-02-21 07:32 | 名言ワンダフルライフ365 | Comments(0)

051 一休のユーモア


たとへば人の父母は火うちの如し。
かねは父、石は母、火は子なり。 一休


男と女の性が摩擦で擦れあい、
それが火花となって子どもができた。
それが父母となった原因だ。

こんなゆるい解釈でいいんじゃない?

***

名言に自分の意識をリンクするとき、その人物や時代背景や、その言葉をどんなときに残したのか、できるなら知りたいところだ。でも、あまりそれにとらわれるとおもしろくない。

一休のこの名言、何かの教訓かと思いきや、どうも一休という人がそんな道徳的な教訓を残すようには思えない。この言葉は『一休骸骨』という書物が出典のようだ。

骸骨とは、一言で言えば「死を思え」というのがテーマ。それをコミカルに、常識破りに表現したのが一休だ。

例えば、人は人としての良きあり方がある。良きあり方とは、人として恥ずかしくないとか、人に迷惑をかけないとか、勤勉であれとか、そうした人としてあるべき姿がある。でも、一休の意識はそこにない。

人が良いとか悪いとか、そういう世界のことはあてにならいもので、昨日まで良いとされたものが今日は悪になるような茶番劇が平気で行われるのがこの世だ。

そんなあてにならない世の中じゃない、真の世界がその奥にある。厳粛なる大自然の法則というか、そういう大きな力で動いている世界。その世界からすると人間の世界ほどくだらない、人の思いでがんじがらめになった虚構の世界はない。

ちょっと一休の視点を借りて表現してみたが、一休はけっして変わり者でも、皮肉者でもない。ただ真実の世界から見た人間世界の滑稽さをユーモアも交えながら説いた。その説教がその人間であることの滑稽さ、思い込みをバッサリと断ち切って、人の心を自由に開放したことで、とんちの一休さんと呼ばれるようになったのだろう。

さて、そんな視点から今日の名言を読むとどうなるだろう。

たとへば人の父母は火うちの如し。
かねは父、石は母、火は子なり。

骸骨の視点から見たなら、

男と女の性が摩擦で擦れあい、それが火花となって子どもができた。それが父母となった原因だ。これくらいの解釈でいいんじゃないか。もうひとつつけ加えるなら、金と石が打ち合って、削れるのは金のほうだ。削れた金の破片が火花となることから、身をすり減らすのはお父さん、そんなユーモアを含んでいるのかもしれない。
ね、一休さん。




















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# by kojobunko | 2019-02-20 06:53 | 名言ワンダフルライフ365 | Comments(0)

050 言葉のない音楽(名言ワンダフルライフ365)


言葉のない音楽を聴いて出る涙は
一番本物の涙だと云ふ気がする。 内田百閒


この宇宙にはいつも
言葉のない音楽の原型となる響きに満ち満ちている。


***

二宮尊徳はこんな歌を残している。

音もなく香もなく常に天地(あめつち)は書かざる経をくりかへしつつ

この宇宙には、いつも言葉のない音楽の原型となる響きに満ち満ちているのだと。

その響きに共鳴したとき、人の目からはおのずと涙が流れる。

ただただ、湧き上がる涙。

涙とは、水編に戻ると書く。

溢れ出し、流れる水によって、本心の自分に戻るのだ。


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# by kojobunko | 2019-02-19 07:15 | 名言ワンダフルライフ365 | Comments(0)

049 ご縁とは川の流れのようなもの(名言ワンダフルライフ365)

出会いは一回限りのもの。
同じ形で出会うことは二度とない。
縁がなければ会えなかった、
その「時」をかけがえのないものとして捉えよう。
丸山敏雄


ご縁とは、自分を新たなところへと運んでくれる、
川の流れのようなものかもしれない。
そしていつか広がる大海原へと導いてくれる。


***

華々しく活躍している人たちと比べると、自分のご縁はなんと地味なんだろうと感じる。

今だってそうだが、過去のいろいろな場面を思い出しても、自分が主役になって華やかな舞台に立ち、多くの人たちに囲まれて祝福されたような場面というのは少なかったように思う。

どちらかというと、いつも裏方で、縁の下の力持ちというか、自分ができることをもって影で支えるのが自分の役割であり続けてきたように思う。それが好きだと思いつつも、本心では一度は華やかな主役を演じてみたいと思っている。


でも、こうして過去を振り返ったとき、なんとも数え切れないほどの人に出逢ってきたものかと驚いてしまった。その顔を思い出し始めると、それはそれはすごい数の人たちとご縁があったことに気づく。


ご縁とは川の流れのようなものかもしれない。自分を運んでくれている水のお役目が出逢った人たち。

つき合いの深い人もいれば浅い人もいる。でもその一人一人がつながって水となり、流れとなり、自分を導いてくれている。

そして追い越したり、追い越されたりしながら、思いがけないところで再会したりもする。その一人でも欠けてしまうと、水のつながりは無くなってしまう。

すべての人たちが、自分を次の場所へと運んでくれているかけがえのないご縁だと思ったら、ありがたい気持ちになってくる。

その人たちとはいつも水の流れでつながっていて、同じ方向へと今も流れ、いつしか一緒に広がる大海原へとたどり着くのだろう。

そんな想像をすると、もう自分で流れを何とかしようなんて思わない。すでにあるご縁=水の流れに身を任せていたら、ちゃんとたどり着くべき場所へ、その人たちが連れて行ってくれるのだから。


















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# by kojobunko | 2019-02-18 07:23 | 名言ワンダフルライフ365 | Comments(0)

048 怒りの矛先(名言ワンダフルライフ365)

一人の殺害は悪漢を生み、
百万の殺害は英雄を生む。
数量は神聖化する。 柳生宗矩


怒りを外に向けると闘争になる。
怒りを本心で受けとめると理想の自分と出会える。


***

この名言に触れたとき、「怒り」というワードが飛び込んできた。

怒りを感じていると、4人の知人の顔が浮かんできた。

怒りが湧いてくるときのその心理を探ってみると、「認めさせたい」「相手をコントロールしたい」「自分を守りたい」など、いずれにしても自分の欲求を満たすための行為が怒りであることがわかる。

同時にこんな声も聞こえてくる。「愛されたい、愛したい」「喜ばれたい、喜んでほしい」「役立ちたい」「仲良くしたい」そういう可愛い、優しい、素直な心の声だ。

いずれも、心の中で思っていることだ。

戦争やケンカは、実は心の中で起こっていて、現実に現象として見たり体感しているのは、ほんの氷山の一角に過ぎない。

誰もが心の中に、戦争を起こしたりケンカをしたりするタネを持っているのだ。対処すべきは現実ではなく、心の中にある。

怒りを外に向けると戦争やケンカになる。
怒りを本心で受けとめると理想の自分と出会える。

まずは自分の中に、幸福な自分を持つことだ。














***


# by kojobunko | 2019-02-17 07:28 | 名言ワンダフルライフ365 | Comments(0)

047 趣味は自分の人生です(名言ワンダフルライフ365)

何か一つ趣味を持たない限り、
人間は真の幸福も安心も得られない。
どんなものに興味を持とうと、
その人の人生は素晴らしいものに変化する。
ウイリアム・オスラー


自分の人生の木で実らせた実を、
あなたに食べていただくのが自分の趣味です


***

自分にとっての「真の幸福って何なんだろう?」。

自分のその原点を探ってみると、25歳のあのとき出逢った安岡正篤という存在だったかもしれない。それから自分は37歳までひたすら、そのことのみを探求、追求して自分のものにすることを目標に生きてきたことを、あらためて思い出した。

今あらためて振り返っても、その間は、そのこと以外のこと、趣味、結婚、仕事など、こうした人生において大切なことさえも、すべて犠牲にしても、自分の人生を探求し、追求することが大事だと思っていた、その本心の覚悟があった。ずいぶん命がけで危険な橋を渡ったものだ。

だが、37歳のとき、ふと、もうこの修行時代は卒業しようと思った。何がどうという明確な理由はないが、12年間お世話になったその環境ときれいに別れて、新たな人生を生き始めた。

今振り返るからこそ、あのときのこと、あのときの心境が見えてくる。新たな自分の人生のステップに移行することを、自然に察知していたようだ。


そして、それから今にいたるまでに自分は何をしてきたのか、それも振り返ってみた。

その人生の内容は、ただ一つと決めて歩んできたそれまでの人生とはまったく違って、あらゆるものを体験、体感した。宗教、哲学、文学、スピリチュアル、大学、体のこと、心のこと、食のこと、性のこと、写真、芸術・・・本当に幅広く、よくもこんなにもいろいろなことを体験できたものだ。

これまでの人生を大きな視点で観察すると、37歳までは木に例えると根幹づくり、それ以降は枝葉を伸ばす働きをしていたことに気づく。


そうやって客観視すると、今の自分の位置がわかり、これから第三の人生に入ったことがよくわかる。それは花を咲かせ、実をつけることだ。

その実は自分で食べてもいいが、それよりも喜んでくれる人に食べてもらいたい。これからは、自分の花を咲かせ、実をつけることを趣味のように楽しんでいきたい。

あまりにもいろいろなことを経験したが、自分の趣味はこれです、というものがなかった。これからはこう言おう。

自分の人生の木で実らせた実を、
あなたに食べていただくのが自分の趣味ですと。

今、短い時間で映画を観たような高揚感を味わっている。なんてドラマチックで、幸せな人生なんだろう。



















  

# by kojobunko | 2019-02-16 07:11 | 名言ワンダフルライフ365 | Comments(0)

046 本心の自分本位で生きる(名言ワンダフルライフ365)

万物は聖なる愛によって動かされている。 ダンテ


自分本位でいい、自分本位がいい。
ただその自分は、本心の自分であること。
本心とは、愛から発動するものだから。


***

自分を本位として、動かない、動けないときがある。

たぶんその位置が今の自分にとって安全な居場所だからそうするのだろうが、でも動かないならまだしも、動けない状態をずっと続けていくと、だんだんと鬱憤が溜まって、いつしか弾けてしまいそうになる。

それで自分がつらい思いをするだけならまだしも、そのわがままというか、その本位なあり方が、誰かを傷つけたり迷惑をかけたりしてはいないか。そんなことを思うと申し訳ない気持ちでいっぱいになる。

ならば、どうすれば少しはましで、がっかりしなくていい自分になれるだろうか?

たぶん自分だけじゃない、こんなことを思っている人は世の中に五万といるはずだ。


そんな自分へのいいアドバイスはないものか?

やっぱり、行き着くところは「自分は自分なんだ」ということ。人はどうであれ、まず自分が自分を受け入れ、認めてあげることだと思う。

同じ自分でも、「ダメだ」と思っている自分の心の位置と、「そのままでいいんだ」と思っている自分の心の位置と、その心の位置を変えるだけで、感じることも、あり方もまったく違ったものになってくる。

同じ自分なのに、心の位置が変わるだけで、一瞬にして世界が変わってしまう。

そのままでいい自分でいるときの心の振動を感じてみると、とても微細な波動で振動していることがわかる。細やかで心地いい振動。それが本心の自分だ。

その位置で、本心の自分にこう聞いてみる。

「できるかどうかは別として、どうありたい? 何がしたい?」

そのとき出てくる答えは、この世で一番大事な答えだ。自分がこの世に生まれてきて、何をしたいのか、何をしたかったのかという答えなのだから。

もしその答えが明確に聞こえてきたら、そこからは完全無欠の自分本位で生きるべし! 誰がどう言おうとも揺るがない、絶対的な自分。その自分で生きるのだ。

それこそが本来の「自分本位」。自分本位が悪いわけじゃない。本来は自分本位であるべきだ。

ただその自分本位は、本心の自分本位。

本心の自分本位に立てば、この宇宙は自分を中心にまわっていると豪語していい。

自分本位でいい、自分本位がいい。
ただその自分は、本心の自分であること。


















***


# by kojobunko | 2019-02-15 07:03 | 名言ワンダフルライフ365 | Comments(0)

045 死ぬのが楽しみ(名言ワンダフルライフ365)

人の行方と、水の流れは知れぬものなり。 江島其碩


死んだ後はピュアで心地よさそう。
それを想像すると、死ぬのが楽しくなってきた。


***

自分の人生のクライマックスを知ることができるのなら、知ってみたい。

でも、映画のクライマックスを知って観たなら、どんなに味気ないものか。それを考えると、やはりわからないから楽しみなのだろう。想定外に感動できるクライマックスもありえる。

でも、リアルに自分のクライマックスまでを想像すると、ネガティブな想像ばかりが浮かんでくる。

最期は独りで死んでいくのか、経済的にはどうなるのか、この家はどうすればいいのか、仕事はちゃんとやりきれるのか、その足跡をちゃんと残せるのか・・・。

でも、そんな心配をしていても始まらないのも事実。客観的に観たら、もう、今できることを、淡々と、ひとつひとつ、大切にこなしていくしかほかにないことに気づく。


いま、死ぬまでのことを考えていて、きっと大なり小なり苦をかいて死んでいくことは間違いない。

でも、死んだ後のことを想像したことはなかった。そういえばこんな話を聞いたことがある。

死んだ後は、肉体は宇宙の藻屑となってその存在はなくなるが、人は死ぬとき、再生可能な必要最低限の純粋な情報のみ残していく、という話。

もしそれが本当で、自分がそんな状態になっときのことを想像すると、死後はどんなに自分好みか。死ぬときは苦をかいて死ぬが、死んだ後はピュアなままの自分でいられるなんて心地よさそう。

死ぬまでのことばかり考えていたが、その先まで意識を飛ばしてみたら、思いのほか死後はいいものだ。死とは心地いいもの。そう思うと死ぬのが楽しみになってくる。

いつか死は必ずやってくる。だからそれはそれとして楽しみにとっておいて、まずは今をしっかりと体験、体感しよう。

この体を持っている今しか出来ないことがあるのだから。


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***


# by kojobunko | 2019-02-14 07:06 | 名言ワンダフルライフ365 | Comments(0)

044 自分が分かると宇宙が分かる(名言ワンダフルライフ365)

宇宙には同一のデザイナーのしるしがある。
だから、すべてのもの、唯一の、
また同一の存在者に帰属するものでなければならない。
アイザック・ニュートン


宇宙を知りたいのなら、まず自分を知ること。
「自分はどうなっているのか?」が分かると、
「宇宙はどうなっているのか?」も分かる。


***

連絡をしても返事が返ってこない。するといろいろな思いを巡らす。


あれ? 何か機嫌をそこねるようなことしたかな? もしかしてあれかな? 

当たっているのか、当たっていないのかよくわからないながらも、そこには欲求不満がどんどん溜まっていく。「知りたい」という欲求不満だ。


相手が人ならば、直接聞くこともできるだろう。すぐに聞いてみるのが欲求不満を解消するには得策だ。聞いて、もし意に沿わなければお互いに距離をおけばいい話なのだから。



しかし困ったことに、相手が人ではなく、宇宙だったらどうか? 聞くに聞けない、聞いても返事が返ってこない。「これはどうして、こんな風になっているのですか?」と聞いても答えは返ってこない。


そんなときはもう、声なき声を聞きとるしかない。五感を研ぎ澄まして、そこにある法則や仕組みを探り、それを解き明かしていくしかない。


人類は何とたいへんな作業を課せられたものだ。


他の生物には、そうした探究心はないが、人にはそれがある。その作業は考えただけで気の遠くなる話だ。



そういえば自分たちは学校でいろいろなことを学ぶが、そこには「学」という字がつている。この「学」というものをあらためて考えてみると、人が生きるために必要な方法を知ることも含まれているだろうが、その根底には「宇宙を知りたい」という探求心が「学」を生み出したことに気づく。


天文学、科学、医学、文学、心理学、哲学、どの学も人間がどうしてもわからない、解明しきれない、その究極の探求の果てに「学」というものが生まれたことに気づく。今でも、本当に解明されているのは微々たるものに過ぎない。


でもよく考えてみると「あの人どう思ってるんだろう?」という疑問と、「宇宙はどうなっているんだろう?」という疑問は、解明しきれない点においては同等かもしれない。自分の思いでさえ、よく分からないというのが正直なところだ。宇宙がわからないくらい、自分の心も、人の心もわからないものだ。


もしかすると、宇宙を知るほどに、自分や人の心を知るのは至難の技なのかもしれない。


宇宙を知りたいのなら、まず自分を知ること。
「自分はどうなっているのか?」が分かると、
「宇宙はどうなっているのか?」も分かるのかもしれない。























***


# by kojobunko | 2019-02-13 07:15 | 名言ワンダフルライフ365 | Comments(0)

043 ブレない心(名言ワンダフルライフ365)

傷を負わせることができないもの、
葬ることができないものがわたしのなかにある。
岩をも砕くものがある。それはわたしの意志だ。
フリードリヒ・ニーチェ


本心こそ、自分の本体。
本心に近づくほどブレない自分になり、
本心から遠のくほどにブレてくる。
心自体は変えられないが、心の位置は自由に変えられるものだ。


***

何かに集中しているときはいいが、ちょっと心に隙間ができたりするとネガティブな思いが心を占領しようとする。

とくにコントロールしづらいのは明け方、寝覚めだろう。無意識と直結しているので、心の本性が湧き上がることが多い。

自分の場合は、過去への後悔はまったくないが、未来に対する不安が湧き上がることの方が多いかもしれない。


今このブログは、早朝に起きて、朦朧とした意識の中で四次元マッピング®︎を使って名言に込められた思いを探索して、見つけた答えをエッセイ風にまとめ上げている。

とにかく、まずは本音の部分から吐き出すのだが、本音を言い換えるとたいていネガティブな思いだ。

自分の心はこんなことを思ってるんだな、というその思いを、見ないふりをせずに積極的に引き出す。

すると、スルスルといろんな思いが芋ずるのように連なっていて、それを四次元マッピングを使って連想ゲームのように短い言葉にして書き連ねていく。

四次元マッピングの特徴は、意識の置き場所を自分で変えて、いろんな心の風景を自由自在に観察していけるところにある。

人の意識というのは、その場にとどまると動けなくなることがある。でも、問題は問題としてそこに置いておいて、自分の思いの位置を変えると、まったく違った心の風景が広がっている。


この世のすべては半分半分でできている。

闇と光、黒と白、ネガティブとポジティブ、損と得、女と男、陰と陽。人間をはじめとして、すべての物事においても、長所半分、短所半分。

それはどちらが良くてどちらが間違っているということもなく、すべてに意味と価値がある。

それに意味づけするのが人の心だ。その心があるからこそ、それぞれの存在に意味と価値が生まれる。


ただ、人には意味づけしない、しなくてもいい世界が心の中にある。その半分半分でできている現象世界の向こうに、唯一無二の世界があるのだ。

それが、本心だ。そこに心を置くと、良いも悪いも、好きも嫌いも、損も得もなく、ただそこにあるがまま。


四次元マッピングでいつも最後にたどり着くのはそこ。そのトレーニングを毎朝やっている。

本心こそ、自分の本体。本心に近づくほどブレない自分になり、本心から遠のくほどにブレてくる。


筋肉は使わなければ衰えていくが、心だってそうだ。心もまた使わなければ心の筋肉は落ちていく。だからこそ日々、心のトレーニング。


いつしか、心のマッチョになってみたいものだ。


















***


# by kojobunko | 2019-02-12 07:08 | 名言ワンダフルライフ365 | Comments(0)


本は、過去、現在、未来をつないでくれるツールです。読む本はもちろん、本には作る楽しみもあります。まだ知らない本の世界をシェアしていきます。by 柴田健二郎


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