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050 言葉のない音楽(名言ワンダフルライフ365)


言葉のない音楽を聴いて出る涙は
一番本物の涙だと云ふ気がする。 内田百閒


この宇宙にはいつも
言葉のない音楽の原型となる響きに満ち満ちている。


***

二宮尊徳はこんな歌を残している。

音もなく香もなく常に天地(あめつち)は書かざる経をくりかへしつつ

この宇宙には、いつも言葉のない音楽の原型となる響きに満ち満ちているのだと。

その響きに共鳴したとき、人の目からはおのずと涙が流れる。

ただただ、湧き上がる涙。

涙とは、水編に戻ると書く。

溢れ出し、流れる水によって、本心の自分に戻るのだ。






















***



by kojobunko | 2019-02-19 07:15 | 名言ワンダフルライフ365 | Comments(0)

049 ご縁とは川の流れのようなもの(名言ワンダフルライフ365)

出会いは一回限りのもの。
同じ形で出会うことは二度とない。
縁がなければ会えなかった、
その「時」をかけがえのないものとして捉えよう。
丸山敏雄


ご縁とは、自分を新たなところへと運んでくれる、
川の流れのようなものかもしれない。
そしていつか広がる大海原へと導いてくれる。


***

華々しく活躍している人たちと比べると、自分のご縁はなんと地味なんだろうと感じる。

今だってそうだが、過去のいろいろな場面を思い出しても、自分が主役になって華やかな舞台に立ち、多くの人たちに囲まれて祝福されたような場面というのは少なかったように思う。

どちらかというと、いつも裏方で、縁の下の力持ちというか、自分ができることをもって影で支えるのが自分の役割であり続けてきたように思う。それが好きだと思いつつも、本心では一度は華やかな主役を演じてみたいと思っている。


でも、こうして過去を振り返ったとき、なんとも数え切れないほどの人に出逢ってきたものかと驚いてしまった。その顔を思い出し始めると、それはそれはすごい数の人たちとご縁があったことに気づく。


ご縁とは川の流れのようなものかもしれない。自分を運んでくれている水のお役目が出逢った人たち。

つき合いの深い人もいれば浅い人もいる。でもその一人一人がつながって水となり、流れとなり、自分を導いてくれている。

そして追い越したり、追い越されたりしながら、思いがけないところで再会したりもする。その一人でも欠けてしまうと、水のつながりは無くなってしまう。

すべての人たちが、自分を次の場所へと運んでくれているかけがえのないご縁だと思ったら、ありがたい気持ちになってくる。

その人たちとはいつも水の流れでつながっていて、同じ方向へと今も流れ、いつしか一緒に広がる大海原へとたどり着くのだろう。

そんな想像をすると、もう自分で流れを何とかしようなんて思わない。すでにあるご縁=水の流れに身を任せていたら、ちゃんとたどり着くべき場所へ、その人たちが連れて行ってくれるのだから。


















***


by kojobunko | 2019-02-18 07:23 | 名言ワンダフルライフ365 | Comments(0)

048 怒りの矛先(名言ワンダフルライフ365)

一人の殺害は悪漢を生み、
百万の殺害は英雄を生む。
数量は神聖化する。 柳生宗矩


怒りを外に向けると闘争になる。
怒りを本心で受けとめると理想の自分と出会える。


***

この名言に触れたとき、「怒り」というワードが飛び込んできた。

怒りを感じていると、4人の知人の顔が浮かんできた。

怒りが湧いてくるときのその心理を探ってみると、「認めさせたい」「相手をコントロールしたい」「自分を守りたい」など、いずれにしても自分の欲求を満たすための行為が怒りであることがわかる。

同時にこんな声も聞こえてくる。「愛されたい、愛したい」「喜ばれたい、喜んでほしい」「役立ちたい」「仲良くしたい」そういう可愛い、優しい、素直な心の声だ。

いずれも、心の中で思っていることだ。

戦争やケンカは、実は心の中で起こっていて、現実に現象として見たり体感しているのは、ほんの氷山の一角に過ぎない。

誰もが心の中に、戦争を起こしたりケンカをしたりするタネを持っているのだ。対処すべきは現実ではなく、心の中にある。

怒りを外に向けると戦争やケンカになる。
怒りを本心で受けとめると理想の自分と出会える。

まずは自分の中に、幸福な自分を持つことだ。














***


by kojobunko | 2019-02-17 07:28 | 名言ワンダフルライフ365 | Comments(0)

047 趣味は自分の人生です(名言ワンダフルライフ365)

何か一つ趣味を持たない限り、
人間は真の幸福も安心も得られない。
どんなものに興味を持とうと、
その人の人生は素晴らしいものに変化する。
ウイリアム・オスラー


自分の人生の木で実らせた実を、
あなたに食べていただくのが自分の趣味です


***

自分にとっての「真の幸福って何なんだろう?」。

自分のその原点を探ってみると、25歳のあのとき出逢った安岡正篤という存在だったかもしれない。それから自分は37歳までひたすら、そのことのみを探求、追求して自分のものにすることを目標に生きてきたことを、あらためて思い出した。

今あらためて振り返っても、その間は、そのこと以外のこと、趣味、結婚、仕事など、こうした人生において大切なことさえも、すべて犠牲にしても、自分の人生を探求し、追求することが大事だと思っていた、その本心の覚悟があった。ずいぶん命がけで危険な橋を渡ったものだ。

だが、37歳のとき、ふと、もうこの修行時代は卒業しようと思った。何がどうという明確な理由はないが、12年間お世話になったその環境ときれいに別れて、新たな人生を生き始めた。

今振り返るからこそ、あのときのこと、あのときの心境が見えてくる。新たな自分の人生のステップに移行することを、自然に察知していたようだ。


そして、それから今にいたるまでに自分は何をしてきたのか、それも振り返ってみた。

その人生の内容は、ただ一つと決めて歩んできたそれまでの人生とはまったく違って、あらゆるものを体験、体感した。宗教、哲学、文学、スピリチュアル、大学、体のこと、心のこと、食のこと、性のこと、写真、芸術・・・本当に幅広く、よくもこんなにもいろいろなことを体験できたものだ。

これまでの人生を大きな視点で観察すると、37歳までは木に例えると根幹づくり、それ以降は枝葉を伸ばす働きをしていたことに気づく。


そうやって客観視すると、今の自分の位置がわかり、これから第三の人生に入ったことがよくわかる。それは花を咲かせ、実をつけることだ。

その実は自分で食べてもいいが、それよりも喜んでくれる人に食べてもらいたい。これからは、自分の花を咲かせ、実をつけることを趣味のように楽しんでいきたい。

あまりにもいろいろなことを経験したが、自分の趣味はこれです、というものがなかった。これからはこう言おう。

自分の人生の木で実らせた実を、
あなたに食べていただくのが自分の趣味ですと。

今、短い時間で映画を観たような高揚感を味わっている。なんてドラマチックで、幸せな人生なんだろう。



















  

by kojobunko | 2019-02-16 07:11 | 名言ワンダフルライフ365 | Comments(0)

046 本心の自分本位で生きる(名言ワンダフルライフ365)

万物は聖なる愛によって動かされている。 ダンテ


自分本位でいい、自分本位がいい。
ただその自分は、本心の自分であること。
本心とは、愛から発動するものだから。


***

自分を本位として、動かない、動けないときがある。

たぶんその位置が今の自分にとって安全な居場所だからそうするのだろうが、でも動かないならまだしも、動けない状態をずっと続けていくと、だんだんと鬱憤が溜まって、いつしか弾けてしまいそうになる。

それで自分がつらい思いをするだけならまだしも、そのわがままというか、その本位なあり方が、誰かを傷つけたり迷惑をかけたりしてはいないか。そんなことを思うと申し訳ない気持ちでいっぱいになる。

ならば、どうすれば少しはましで、がっかりしなくていい自分になれるだろうか?

たぶん自分だけじゃない、こんなことを思っている人は世の中に五万といるはずだ。


そんな自分へのいいアドバイスはないものか?

やっぱり、行き着くところは「自分は自分なんだ」ということ。人はどうであれ、まず自分が自分を受け入れ、認めてあげることだと思う。

同じ自分でも、「ダメだ」と思っている自分の心の位置と、「そのままでいいんだ」と思っている自分の心の位置と、その心の位置を変えるだけで、感じることも、あり方もまったく違ったものになってくる。

同じ自分なのに、心の位置が変わるだけで、一瞬にして世界が変わってしまう。

そのままでいい自分でいるときの心の振動を感じてみると、とても微細な波動で振動していることがわかる。細やかで心地いい振動。それが本心の自分だ。

その位置で、本心の自分にこう聞いてみる。

「できるかどうかは別として、どうありたい? 何がしたい?」

そのとき出てくる答えは、この世で一番大事な答えだ。自分がこの世に生まれてきて、何をしたいのか、何をしたかったのかという答えなのだから。

もしその答えが明確に聞こえてきたら、そこからは完全無欠の自分本位で生きるべし! 誰がどう言おうとも揺るがない、絶対的な自分。その自分で生きるのだ。

それこそが本来の「自分本位」。自分本位が悪いわけじゃない。本来は自分本位であるべきだ。

ただその自分本位は、本心の自分本位。

本心の自分本位に立てば、この宇宙は自分を中心にまわっていると豪語していい。

自分本位でいい、自分本位がいい。
ただその自分は、本心の自分であること。


















***


by kojobunko | 2019-02-15 07:03 | 名言ワンダフルライフ365 | Comments(0)

045 死ぬのが楽しみ(名言ワンダフルライフ365)

人の行方と、水の流れは知れぬものなり。 江島其碩


死んだ後はピュアで心地よさそう。
それを想像すると、死ぬのが楽しくなってきた。


***

自分の人生のクライマックスを知ることができるのなら、知ってみたい。

でも、映画のクライマックスを知って観たなら、どんなに味気ないものか。それを考えると、やはりわからないから楽しみなのだろう。想定外に感動できるクライマックスもありえる。

でも、リアルに自分のクライマックスまでを想像すると、ネガティブな想像ばかりが浮かんでくる。

最期は独りで死んでいくのか、経済的にはどうなるのか、この家はどうすればいいのか、仕事はちゃんとやりきれるのか、その足跡をちゃんと残せるのか・・・。

でも、そんな心配をしていても始まらないのも事実。客観的に観たら、もう、今できることを、淡々と、ひとつひとつ、大切にこなしていくしかほかにないことに気づく。


いま、死ぬまでのことを考えていて、きっと大なり小なり苦をかいて死んでいくことは間違いない。

でも、死んだ後のことを想像したことはなかった。そういえばこんな話を聞いたことがある。

死んだ後は、肉体は宇宙の藻屑となってその存在はなくなるが、人は死ぬとき、再生可能な必要最低限の純粋な情報のみ残していく、という話。

もしそれが本当で、自分がそんな状態になっときのことを想像すると、死後はどんなに自分好みか。死ぬときは苦をかいて死ぬが、死んだ後はピュアなままの自分でいられるなんて心地よさそう。

死ぬまでのことばかり考えていたが、その先まで意識を飛ばしてみたら、思いのほか死後はいいものだ。死とは心地いいもの。そう思うと死ぬのが楽しみになってくる。

いつか死は必ずやってくる。だからそれはそれとして楽しみにとっておいて、まずは今をしっかりと体験、体感しよう。

この体を持っている今しか出来ないことがあるのだから。


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***


by kojobunko | 2019-02-14 07:06 | 名言ワンダフルライフ365 | Comments(0)

044 自分が分かると宇宙が分かる(名言ワンダフルライフ365)

宇宙には同一のデザイナーのしるしがある。
だから、すべてのもの、唯一の、
また同一の存在者に帰属するものでなければならない。
アイザック・ニュートン


宇宙を知りたいのなら、まず自分を知ること。
「自分はどうなっているのか?」が分かると、
「宇宙はどうなっているのか?」も分かる。


***

連絡をしても返事が返ってこない。するといろいろな思いを巡らす。


あれ? 何か機嫌をそこねるようなことしたかな? もしかしてあれかな? 

当たっているのか、当たっていないのかよくわからないながらも、そこには欲求不満がどんどん溜まっていく。「知りたい」という欲求不満だ。


相手が人ならば、直接聞くこともできるだろう。すぐに聞いてみるのが欲求不満を解消するには得策だ。聞いて、もし意に沿わなければお互いに距離をおけばいい話なのだから。



しかし困ったことに、相手が人ではなく、宇宙だったらどうか? 聞くに聞けない、聞いても返事が返ってこない。「これはどうして、こんな風になっているのですか?」と聞いても答えは返ってこない。


そんなときはもう、声なき声を聞きとるしかない。五感を研ぎ澄まして、そこにある法則や仕組みを探り、それを解き明かしていくしかない。


人類は何とたいへんな作業を課せられたものだ。


他の生物には、そうした探究心はないが、人にはそれがある。その作業は考えただけで気の遠くなる話だ。



そういえば自分たちは学校でいろいろなことを学ぶが、そこには「学」という字がつている。この「学」というものをあらためて考えてみると、人が生きるために必要な方法を知ることも含まれているだろうが、その根底には「宇宙を知りたい」という探求心が「学」を生み出したことに気づく。


天文学、科学、医学、文学、心理学、哲学、どの学も人間がどうしてもわからない、解明しきれない、その究極の探求の果てに「学」というものが生まれたことに気づく。今でも、本当に解明されているのは微々たるものに過ぎない。


でもよく考えてみると「あの人どう思ってるんだろう?」という疑問と、「宇宙はどうなっているんだろう?」という疑問は、解明しきれない点においては同等かもしれない。自分の思いでさえ、よく分からないというのが正直なところだ。宇宙がわからないくらい、自分の心も、人の心もわからないものだ。


もしかすると、宇宙を知るほどに、自分や人の心を知るのは至難の技なのかもしれない。


宇宙を知りたいのなら、まず自分を知ること。
「自分はどうなっているのか?」が分かると、
「宇宙はどうなっているのか?」も分かるのかもしれない。























***


by kojobunko | 2019-02-13 07:15 | 名言ワンダフルライフ365 | Comments(0)

043 ブレない心(名言ワンダフルライフ365)

傷を負わせることができないもの、
葬ることができないものがわたしのなかにある。
岩をも砕くものがある。それはわたしの意志だ。
フリードリヒ・ニーチェ


本心こそ、自分の本体。
本心に近づくほどブレない自分になり、
本心から遠のくほどにブレてくる。
心自体は変えられないが、心の位置は自由に変えられるものだ。


***

何かに集中しているときはいいが、ちょっと心に隙間ができたりするとネガティブな思いが心を占領しようとする。

とくにコントロールしづらいのは明け方、寝覚めだろう。無意識と直結しているので、心の本性が湧き上がることが多い。

自分の場合は、過去への後悔はまったくないが、未来に対する不安が湧き上がることの方が多いかもしれない。


今このブログは、早朝に起きて、朦朧とした意識の中で四次元マッピング®︎を使って名言に込められた思いを探索して、見つけた答えをエッセイ風にまとめ上げている。

とにかく、まずは本音の部分から吐き出すのだが、本音を言い換えるとたいていネガティブな思いだ。

自分の心はこんなことを思ってるんだな、というその思いを、見ないふりをせずに積極的に引き出す。

すると、スルスルといろんな思いが芋ずるのように連なっていて、それを四次元マッピングを使って連想ゲームのように短い言葉にして書き連ねていく。

四次元マッピングの特徴は、意識の置き場所を自分で変えて、いろんな心の風景を自由自在に観察していけるところにある。

人の意識というのは、その場にとどまると動けなくなることがある。でも、問題は問題としてそこに置いておいて、自分の思いの位置を変えると、まったく違った心の風景が広がっている。


この世のすべては半分半分でできている。

闇と光、黒と白、ネガティブとポジティブ、損と得、女と男、陰と陽。人間をはじめとして、すべての物事においても、長所半分、短所半分。

それはどちらが良くてどちらが間違っているということもなく、すべてに意味と価値がある。

それに意味づけするのが人の心だ。その心があるからこそ、それぞれの存在に意味と価値が生まれる。


ただ、人には意味づけしない、しなくてもいい世界が心の中にある。その半分半分でできている現象世界の向こうに、唯一無二の世界があるのだ。

それが、本心だ。そこに心を置くと、良いも悪いも、好きも嫌いも、損も得もなく、ただそこにあるがまま。


四次元マッピングでいつも最後にたどり着くのはそこ。そのトレーニングを毎朝やっている。

本心こそ、自分の本体。本心に近づくほどブレない自分になり、本心から遠のくほどにブレてくる。


筋肉は使わなければ衰えていくが、心だってそうだ。心もまた使わなければ心の筋肉は落ちていく。だからこそ日々、心のトレーニング。


いつしか、心のマッチョになってみたいものだ。


















***


by kojobunko | 2019-02-12 07:08 | 名言ワンダフルライフ365 | Comments(0)

042 自分以外みんな悟った人(名言ワンダフルライフ365)

ひとの生命を愛せない者に、
自分の生命の愛せるわけはない。 吉川英治


この世で悟っていないのは自分だけ。
他のすべての人は、自分を悟りに導くために演じてくれている。


***

自分はピシリと、人間関係を切ってしまうところがある。

なぜそんなことをするのか、自分でも無意識に反応する瞬間なので、それは理性で云々の領域ではない。

前から、なぜそうするのかを知りたかったので、今日は四次元マッピング®︎を使って自分探索をしてみた。すると見えてきた。


小学校のときに文房具屋で赤のラーマートを万引きした。遊び心だった。

その数日後、やんわりと父から文房具屋で万引きした子どもがいて、今度の日曜日に警察がその子を説教するそうだ、と告げられた。自分のことだと思った。

でも父は、直接自分を責めることはしなかった。大人になって母にそのことを聞いたら、そのことを聞かされていなかったようで、今の自分の年齢より若くして逝った父は、自分だけの胸にしまっていたようだ。

トラウマになったのは父のそれではなく、その数日後にその文房具屋に買い物に行ったときの店主のおばさんの一言だった。

あんたのような子は、うちで買い物してもらわなくていい。

この一言で、自分のハートは散々に切り刻まれた。今でもハートがうずく。

たぶん自分が人を切るのは、親しくなりすぎない、距離感を持つためだと分かった。なんのためにそれをするのかというと、あのときのように自分が傷つかないためだ。

誰にもそういうクセがある。自分の知人には黙り込むことで自己防衛する人がいる。それも、自分が傷つかないためだ。どこかでその術を身につけてしまったのだろう。


ある人から、こんなことを教えてもらった。ちょっと突拍子もない話だが、

この世で悟っていないのは自分だけ。
自分以外のすべての人は悟っていて、
迫真の演技を演じて、
まだ悟っていないあなたを導いてくれている。

そう思ったらその人への感謝しかないよね。

愛されていない、嫌われている、そう思っていた人が実は、自分を悟りに導くために演じてくれていたのか? 迫真の演技で。

勘違いでも、思い込みでもいい。そう思うと、あの文房具屋のおばさんが愛おしく思えてくる。

叱ってくれてありがとう、おばさん。

そう声かけしたら、自分のトラウマが少しずつ解消されていくようだ。





















***


by kojobunko | 2019-02-11 07:30 | 名言ワンダフルライフ365 | Comments(0)

041 人生で一番大切なこと(名言ワンダフルライフ365)


安心、それが人間の最も近くにいる敵である。
ウィリアム・シェイクスピア


一番大切なのは、やり切ったと言えること。
これほどに大満足、大安心なことはない。


***

心おだやかに、安心、安定した人生をおくれたら、どんなにすばらしいことか。

自分の人生を振り返ってみると、二十歳過ぎまでは多少の上下はあったものの、本当に平安でおだやかな人生だったと思う。

だがその後は、まさにジェットコースターのように激しい人生へと変貌していった。でもそれは、本気モードにスイッチが入った瞬間でもあった。


おだやかで平穏な人生と、本気モードにスイッチが入った波乱の人生、どちらがおもしろいかと聞かれたなら、やはり波乱の人生の方だろう。でも、安定した、安心のできる人生にも憧れる。

なんとか、両方とも手に入れられないものか?

自分の人生にはまだ確実に残された時間がある。この際、おだやかな人生か、波乱の人生かの二者択一ではなく、現在には波乱がありながらも、心おだやかな人生があってもいい。

そんな贅沢な人生を、もしこれから自由に選べるならどんなふうになりたい? と自分に聞いてみた。

すると自分が理想とする、憧れの3人が浮かんできた。もしその3人を融合したものが自分なら、何にも代えがたい心の大富豪になれる。

でも気づいたのが、その3人がやっていることと、いま自分が目指していることろの方向性がほぼ似ているということ。カタチや達成度は違えども、ハートの熱量で劣っているとは思わない。

やはり、自分が本心からやりたいこと、やり切りたいことは、今までも、これからもきっと変わらないんだということが分かった。


波乱であろうが、おだやかであろうが、もうそのことをやるしかない、やり切るしかないのだ。

けっして平穏でおだやかな人生だけが幸せじゃない。おだやかな人生をやり切るのもステキだが、波乱万丈の人生をやり切るのもまた魅力的だ。

どんな人生であれ、死ぬときにやり切ったと思えること。これ以上に大満足、大安心な人生はない。






















***

by kojobunko | 2019-02-10 06:38 | 名言ワンダフルライフ365 | Comments(0)


本は、過去、現在、未来をつないでくれるツールです。読む本はもちろん、本には作る楽しみもあります。まだ知らない本の世界をシェアしていきます。by 柴田健二郎


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