050 言葉のない音楽(名言ワンダフルライフ365)


言葉のない音楽を聴いて出る涙は
一番本物の涙だと云ふ気がする。 内田百閒


この宇宙にはいつも
言葉のない音楽の原型となる響きに満ち満ちている。


***

二宮尊徳はこんな歌を残している。

音もなく香もなく常に天地(あめつち)は書かざる経をくりかへしつつ

この宇宙には、いつも言葉のない音楽の原型となる響きに満ち満ちているのだと。

その響きに共鳴したとき、人の目からはおのずと涙が流れる。

ただただ、湧き上がる涙。

涙とは、水編に戻ると書く。

溢れ出し、流れる水によって、本心の自分に戻るのだ。






















***



# by kojobunko | 2019-02-19 07:15 | 名言ワンダフルライフ365 | Comments(0)

049 ご縁とは川の流れのようなもの(名言ワンダフルライフ365)

出会いは一回限りのもの。
同じ形で出会うことは二度とない。
縁がなければ会えなかった、
その「時」をかけがえのないものとして捉えよう。
丸山敏雄


ご縁とは、自分を新たなところへと運んでくれる、
川の流れのようなものかもしれない。
そしていつか広がる大海原へと導いてくれる。


***

華々しく活躍している人たちと比べると、自分のご縁はなんと地味なんだろうと感じる。

今だってそうだが、過去のいろいろな場面を思い出しても、自分が主役になって華やかな舞台に立ち、多くの人たちに囲まれて祝福されたような場面というのは少なかったように思う。

どちらかというと、いつも裏方で、縁の下の力持ちというか、自分ができることをもって影で支えるのが自分の役割であり続けてきたように思う。それが好きだと思いつつも、本心では一度は華やかな主役を演じてみたいと思っている。


でも、こうして過去を振り返ったとき、なんとも数え切れないほどの人に出逢ってきたものかと驚いてしまった。その顔を思い出し始めると、それはそれはすごい数の人たちとご縁があったことに気づく。


ご縁とは川の流れのようなものかもしれない。自分を運んでくれている水のお役目が出逢った人たち。

つき合いの深い人もいれば浅い人もいる。でもその一人一人がつながって水となり、流れとなり、自分を導いてくれている。

そして追い越したり、追い越されたりしながら、思いがけないところで再会したりもする。その一人でも欠けてしまうと、水のつながりは無くなってしまう。

すべての人たちが、自分を次の場所へと運んでくれているかけがえのないご縁だと思ったら、ありがたい気持ちになってくる。

その人たちとはいつも水の流れでつながっていて、同じ方向へと今も流れ、いつしか一緒に広がる大海原へとたどり着くのだろう。

そんな想像をすると、もう自分で流れを何とかしようなんて思わない。すでにあるご縁=水の流れに身を任せていたら、ちゃんとたどり着くべき場所へ、その人たちが連れて行ってくれるのだから。


















***


# by kojobunko | 2019-02-18 07:23 | 名言ワンダフルライフ365 | Comments(0)

048 怒りの矛先(名言ワンダフルライフ365)

一人の殺害は悪漢を生み、
百万の殺害は英雄を生む。
数量は神聖化する。 柳生宗矩


怒りを外に向けると闘争になる。
怒りを本心で受けとめると理想の自分と出会える。


***

この名言に触れたとき、「怒り」というワードが飛び込んできた。

怒りを感じていると、4人の知人の顔が浮かんできた。

怒りが湧いてくるときのその心理を探ってみると、「認めさせたい」「相手をコントロールしたい」「自分を守りたい」など、いずれにしても自分の欲求を満たすための行為が怒りであることがわかる。

同時にこんな声も聞こえてくる。「愛されたい、愛したい」「喜ばれたい、喜んでほしい」「役立ちたい」「仲良くしたい」そういう可愛い、優しい、素直な心の声だ。

いずれも、心の中で思っていることだ。

戦争やケンカは、実は心の中で起こっていて、現実に現象として見たり体感しているのは、ほんの氷山の一角に過ぎない。

誰もが心の中に、戦争を起こしたりケンカをしたりするタネを持っているのだ。対処すべきは現実ではなく、心の中にある。

怒りを外に向けると戦争やケンカになる。
怒りを本心で受けとめると理想の自分と出会える。

まずは自分の中に、幸福な自分を持つことだ。














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# by kojobunko | 2019-02-17 07:28 | 名言ワンダフルライフ365 | Comments(0)

047 趣味は自分の人生です(名言ワンダフルライフ365)

何か一つ趣味を持たない限り、
人間は真の幸福も安心も得られない。
どんなものに興味を持とうと、
その人の人生は素晴らしいものに変化する。
ウイリアム・オスラー


自分の人生の木で実らせた実を、
あなたに食べていただくのが自分の趣味です


***

自分にとっての「真の幸福って何なんだろう?」。

自分のその原点を探ってみると、25歳のあのとき出逢った安岡正篤という存在だったかもしれない。それから自分は37歳までひたすら、そのことのみを探求、追求して自分のものにすることを目標に生きてきたことを、あらためて思い出した。

今あらためて振り返っても、その間は、そのこと以外のこと、趣味、結婚、仕事など、こうした人生において大切なことさえも、すべて犠牲にしても、自分の人生を探求し、追求することが大事だと思っていた、その本心の覚悟があった。ずいぶん命がけで危険な橋を渡ったものだ。

だが、37歳のとき、ふと、もうこの修行時代は卒業しようと思った。何がどうという明確な理由はないが、12年間お世話になったその環境ときれいに別れて、新たな人生を生き始めた。

今振り返るからこそ、あのときのこと、あのときの心境が見えてくる。新たな自分の人生のステップに移行することを、自然に察知していたようだ。


そして、それから今にいたるまでに自分は何をしてきたのか、それも振り返ってみた。

その人生の内容は、ただ一つと決めて歩んできたそれまでの人生とはまったく違って、あらゆるものを体験、体感した。宗教、哲学、文学、スピリチュアル、大学、体のこと、心のこと、食のこと、性のこと、写真、芸術・・・本当に幅広く、よくもこんなにもいろいろなことを体験できたものだ。

これまでの人生を大きな視点で観察すると、37歳までは木に例えると根幹づくり、それ以降は枝葉を伸ばす働きをしていたことに気づく。


そうやって客観視すると、今の自分の位置がわかり、これから第三の人生に入ったことがよくわかる。それは花を咲かせ、実をつけることだ。

その実は自分で食べてもいいが、それよりも喜んでくれる人に食べてもらいたい。これからは、自分の花を咲かせ、実をつけることを趣味のように楽しんでいきたい。

あまりにもいろいろなことを経験したが、自分の趣味はこれです、というものがなかった。これからはこう言おう。

自分の人生の木で実らせた実を、
あなたに食べていただくのが自分の趣味ですと。

今、短い時間で映画を観たような高揚感を味わっている。なんてドラマチックで、幸せな人生なんだろう。



















  

# by kojobunko | 2019-02-16 07:11 | 名言ワンダフルライフ365 | Comments(0)

046 本心の自分本位で生きる(名言ワンダフルライフ365)

万物は聖なる愛によって動かされている。 ダンテ


自分本位でいい、自分本位がいい。
ただその自分は、本心の自分であること。
本心とは、愛から発動するものだから。


***

自分を本位として、動かない、動けないときがある。

たぶんその位置が今の自分にとって安全な居場所だからそうするのだろうが、でも動かないならまだしも、動けない状態をずっと続けていくと、だんだんと鬱憤が溜まって、いつしか弾けてしまいそうになる。

それで自分がつらい思いをするだけならまだしも、そのわがままというか、その本位なあり方が、誰かを傷つけたり迷惑をかけたりしてはいないか。そんなことを思うと申し訳ない気持ちでいっぱいになる。

ならば、どうすれば少しはましで、がっかりしなくていい自分になれるだろうか?

たぶん自分だけじゃない、こんなことを思っている人は世の中に五万といるはずだ。


そんな自分へのいいアドバイスはないものか?

やっぱり、行き着くところは「自分は自分なんだ」ということ。人はどうであれ、まず自分が自分を受け入れ、認めてあげることだと思う。

同じ自分でも、「ダメだ」と思っている自分の心の位置と、「そのままでいいんだ」と思っている自分の心の位置と、その心の位置を変えるだけで、感じることも、あり方もまったく違ったものになってくる。

同じ自分なのに、心の位置が変わるだけで、一瞬にして世界が変わってしまう。

そのままでいい自分でいるときの心の振動を感じてみると、とても微細な波動で振動していることがわかる。細やかで心地いい振動。それが本心の自分だ。

その位置で、本心の自分にこう聞いてみる。

「できるかどうかは別として、どうありたい? 何がしたい?」

そのとき出てくる答えは、この世で一番大事な答えだ。自分がこの世に生まれてきて、何をしたいのか、何をしたかったのかという答えなのだから。

もしその答えが明確に聞こえてきたら、そこからは完全無欠の自分本位で生きるべし! 誰がどう言おうとも揺るがない、絶対的な自分。その自分で生きるのだ。

それこそが本来の「自分本位」。自分本位が悪いわけじゃない。本来は自分本位であるべきだ。

ただその自分本位は、本心の自分本位。

本心の自分本位に立てば、この宇宙は自分を中心にまわっていると豪語していい。

自分本位でいい、自分本位がいい。
ただその自分は、本心の自分であること。


















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# by kojobunko | 2019-02-15 07:03 | 名言ワンダフルライフ365 | Comments(0)

045 死ぬのが楽しみ(名言ワンダフルライフ365)

人の行方と、水の流れは知れぬものなり。 江島其碩


死んだ後はピュアで心地よさそう。
それを想像すると、死ぬのが楽しくなってきた。


***

自分の人生のクライマックスを知ることができるのなら、知ってみたい。

でも、映画のクライマックスを知って観たなら、どんなに味気ないものか。それを考えると、やはりわからないから楽しみなのだろう。想定外に感動できるクライマックスもありえる。

でも、リアルに自分のクライマックスまでを想像すると、ネガティブな想像ばかりが浮かんでくる。

最期は独りで死んでいくのか、経済的にはどうなるのか、この家はどうすればいいのか、仕事はちゃんとやりきれるのか、その足跡をちゃんと残せるのか・・・。

でも、そんな心配をしていても始まらないのも事実。客観的に観たら、もう、今できることを、淡々と、ひとつひとつ、大切にこなしていくしかほかにないことに気づく。


いま、死ぬまでのことを考えていて、きっと大なり小なり苦をかいて死んでいくことは間違いない。

でも、死んだ後のことを想像したことはなかった。そういえばこんな話を聞いたことがある。

死んだ後は、肉体は宇宙の藻屑となってその存在はなくなるが、人は死ぬとき、再生可能な必要最低限の純粋な情報のみ残していく、という話。

もしそれが本当で、自分がそんな状態になっときのことを想像すると、死後はどんなに自分好みか。死ぬときは苦をかいて死ぬが、死んだ後はピュアなままの自分でいられるなんて心地よさそう。

死ぬまでのことばかり考えていたが、その先まで意識を飛ばしてみたら、思いのほか死後はいいものだ。死とは心地いいもの。そう思うと死ぬのが楽しみになってくる。

いつか死は必ずやってくる。だからそれはそれとして楽しみにとっておいて、まずは今をしっかりと体験、体感しよう。

この体を持っている今しか出来ないことがあるのだから。


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# by kojobunko | 2019-02-14 07:06 | 名言ワンダフルライフ365 | Comments(0)

044 自分が分かると宇宙が分かる(名言ワンダフルライフ365)

宇宙には同一のデザイナーのしるしがある。
だから、すべてのもの、唯一の、
また同一の存在者に帰属するものでなければならない。
アイザック・ニュートン


宇宙を知りたいのなら、まず自分を知ること。
「自分はどうなっているのか?」が分かると、
「宇宙はどうなっているのか?」も分かる。


***

連絡をしても返事が返ってこない。するといろいろな思いを巡らす。


あれ? 何か機嫌をそこねるようなことしたかな? もしかしてあれかな? 

当たっているのか、当たっていないのかよくわからないながらも、そこには欲求不満がどんどん溜まっていく。「知りたい」という欲求不満だ。


相手が人ならば、直接聞くこともできるだろう。すぐに聞いてみるのが欲求不満を解消するには得策だ。聞いて、もし意に沿わなければお互いに距離をおけばいい話なのだから。



しかし困ったことに、相手が人ではなく、宇宙だったらどうか? 聞くに聞けない、聞いても返事が返ってこない。「これはどうして、こんな風になっているのですか?」と聞いても答えは返ってこない。


そんなときはもう、声なき声を聞きとるしかない。五感を研ぎ澄まして、そこにある法則や仕組みを探り、それを解き明かしていくしかない。


人類は何とたいへんな作業を課せられたものだ。


他の生物には、そうした探究心はないが、人にはそれがある。その作業は考えただけで気の遠くなる話だ。



そういえば自分たちは学校でいろいろなことを学ぶが、そこには「学」という字がつている。この「学」というものをあらためて考えてみると、人が生きるために必要な方法を知ることも含まれているだろうが、その根底には「宇宙を知りたい」という探求心が「学」を生み出したことに気づく。


天文学、科学、医学、文学、心理学、哲学、どの学も人間がどうしてもわからない、解明しきれない、その究極の探求の果てに「学」というものが生まれたことに気づく。今でも、本当に解明されているのは微々たるものに過ぎない。


でもよく考えてみると「あの人どう思ってるんだろう?」という疑問と、「宇宙はどうなっているんだろう?」という疑問は、解明しきれない点においては同等かもしれない。自分の思いでさえ、よく分からないというのが正直なところだ。宇宙がわからないくらい、自分の心も、人の心もわからないものだ。


もしかすると、宇宙を知るほどに、自分や人の心を知るのは至難の技なのかもしれない。


宇宙を知りたいのなら、まず自分を知ること。
「自分はどうなっているのか?」が分かると、
「宇宙はどうなっているのか?」も分かるのかもしれない。























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# by kojobunko | 2019-02-13 07:15 | 名言ワンダフルライフ365 | Comments(0)

043 ブレない心(名言ワンダフルライフ365)

傷を負わせることができないもの、
葬ることができないものがわたしのなかにある。
岩をも砕くものがある。それはわたしの意志だ。
フリードリヒ・ニーチェ


本心こそ、自分の本体。
本心に近づくほどブレない自分になり、
本心から遠のくほどにブレてくる。
心自体は変えられないが、心の位置は自由に変えられるものだ。


***

何かに集中しているときはいいが、ちょっと心に隙間ができたりするとネガティブな思いが心を占領しようとする。

とくにコントロールしづらいのは明け方、寝覚めだろう。無意識と直結しているので、心の本性が湧き上がることが多い。

自分の場合は、過去への後悔はまったくないが、未来に対する不安が湧き上がることの方が多いかもしれない。


今このブログは、早朝に起きて、朦朧とした意識の中で四次元マッピング®︎を使って名言に込められた思いを探索して、見つけた答えをエッセイ風にまとめ上げている。

とにかく、まずは本音の部分から吐き出すのだが、本音を言い換えるとたいていネガティブな思いだ。

自分の心はこんなことを思ってるんだな、というその思いを、見ないふりをせずに積極的に引き出す。

すると、スルスルといろんな思いが芋ずるのように連なっていて、それを四次元マッピングを使って連想ゲームのように短い言葉にして書き連ねていく。

四次元マッピングの特徴は、意識の置き場所を自分で変えて、いろんな心の風景を自由自在に観察していけるところにある。

人の意識というのは、その場にとどまると動けなくなることがある。でも、問題は問題としてそこに置いておいて、自分の思いの位置を変えると、まったく違った心の風景が広がっている。


この世のすべては半分半分でできている。

闇と光、黒と白、ネガティブとポジティブ、損と得、女と男、陰と陽。人間をはじめとして、すべての物事においても、長所半分、短所半分。

それはどちらが良くてどちらが間違っているということもなく、すべてに意味と価値がある。

それに意味づけするのが人の心だ。その心があるからこそ、それぞれの存在に意味と価値が生まれる。


ただ、人には意味づけしない、しなくてもいい世界が心の中にある。その半分半分でできている現象世界の向こうに、唯一無二の世界があるのだ。

それが、本心だ。そこに心を置くと、良いも悪いも、好きも嫌いも、損も得もなく、ただそこにあるがまま。


四次元マッピングでいつも最後にたどり着くのはそこ。そのトレーニングを毎朝やっている。

本心こそ、自分の本体。本心に近づくほどブレない自分になり、本心から遠のくほどにブレてくる。


筋肉は使わなければ衰えていくが、心だってそうだ。心もまた使わなければ心の筋肉は落ちていく。だからこそ日々、心のトレーニング。


いつしか、心のマッチョになってみたいものだ。


















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# by kojobunko | 2019-02-12 07:08 | 名言ワンダフルライフ365 | Comments(0)

042 自分以外みんな悟った人(名言ワンダフルライフ365)

ひとの生命を愛せない者に、
自分の生命の愛せるわけはない。 吉川英治


この世で悟っていないのは自分だけ。
他のすべての人は、自分を悟りに導くために演じてくれている。


***

自分はピシリと、人間関係を切ってしまうところがある。

なぜそんなことをするのか、自分でも無意識に反応する瞬間なので、それは理性で云々の領域ではない。

前から、なぜそうするのかを知りたかったので、今日は四次元マッピング®︎を使って自分探索をしてみた。すると見えてきた。


小学校のときに文房具屋で赤のラーマートを万引きした。遊び心だった。

その数日後、やんわりと父から文房具屋で万引きした子どもがいて、今度の日曜日に警察がその子を説教するそうだ、と告げられた。自分のことだと思った。

でも父は、直接自分を責めることはしなかった。大人になって母にそのことを聞いたら、そのことを聞かされていなかったようで、今の自分の年齢より若くして逝った父は、自分だけの胸にしまっていたようだ。

トラウマになったのは父のそれではなく、その数日後にその文房具屋に買い物に行ったときの店主のおばさんの一言だった。

あんたのような子は、うちで買い物してもらわなくていい。

この一言で、自分のハートは散々に切り刻まれた。今でもハートがうずく。

たぶん自分が人を切るのは、親しくなりすぎない、距離感を持つためだと分かった。なんのためにそれをするのかというと、あのときのように自分が傷つかないためだ。

誰にもそういうクセがある。自分の知人には黙り込むことで自己防衛する人がいる。それも、自分が傷つかないためだ。どこかでその術を身につけてしまったのだろう。


ある人から、こんなことを教えてもらった。ちょっと突拍子もない話だが、

この世で悟っていないのは自分だけ。
自分以外のすべての人は悟っていて、
迫真の演技を演じて、
まだ悟っていないあなたを導いてくれている。

そう思ったらその人への感謝しかないよね。

愛されていない、嫌われている、そう思っていた人が実は、自分を悟りに導くために演じてくれていたのか? 迫真の演技で。

勘違いでも、思い込みでもいい。そう思うと、あの文房具屋のおばさんが愛おしく思えてくる。

叱ってくれてありがとう、おばさん。

そう声かけしたら、自分のトラウマが少しずつ解消されていくようだ。





















***


# by kojobunko | 2019-02-11 07:30 | 名言ワンダフルライフ365 | Comments(0)

041 人生で一番大切なこと(名言ワンダフルライフ365)


安心、それが人間の最も近くにいる敵である。
ウィリアム・シェイクスピア


一番大切なのは、やり切ったと言えること。
これほどに大満足、大安心なことはない。


***

心おだやかに、安心、安定した人生をおくれたら、どんなにすばらしいことか。

自分の人生を振り返ってみると、二十歳過ぎまでは多少の上下はあったものの、本当に平安でおだやかな人生だったと思う。

だがその後は、まさにジェットコースターのように激しい人生へと変貌していった。でもそれは、本気モードにスイッチが入った瞬間でもあった。


おだやかで平穏な人生と、本気モードにスイッチが入った波乱の人生、どちらがおもしろいかと聞かれたなら、やはり波乱の人生の方だろう。でも、安定した、安心のできる人生にも憧れる。

なんとか、両方とも手に入れられないものか?

自分の人生にはまだ確実に残された時間がある。この際、おだやかな人生か、波乱の人生かの二者択一ではなく、現在には波乱がありながらも、心おだやかな人生があってもいい。

そんな贅沢な人生を、もしこれから自由に選べるならどんなふうになりたい? と自分に聞いてみた。

すると自分が理想とする、憧れの3人が浮かんできた。もしその3人を融合したものが自分なら、何にも代えがたい心の大富豪になれる。

でも気づいたのが、その3人がやっていることと、いま自分が目指していることろの方向性がほぼ似ているということ。カタチや達成度は違えども、ハートの熱量で劣っているとは思わない。

やはり、自分が本心からやりたいこと、やり切りたいことは、今までも、これからもきっと変わらないんだということが分かった。


波乱であろうが、おだやかであろうが、もうそのことをやるしかない、やり切るしかないのだ。

けっして平穏でおだやかな人生だけが幸せじゃない。おだやかな人生をやり切るのもステキだが、波乱万丈の人生をやり切るのもまた魅力的だ。

どんな人生であれ、死ぬときにやり切ったと思えること。これ以上に大満足、大安心な人生はない。






















***

# by kojobunko | 2019-02-10 06:38 | 名言ワンダフルライフ365 | Comments(0)

040 ビジョンじゃなく、ミッションに生きる(名言ワンダフルライフ365)


心で愛するものを、
なにゆえ肉体で愛することができないのか。 萩原朔太郎


自分はこうなりたいというビジョンで生きている間は、
愛する、愛さないという相対の世界のままだが、
ミッションで生きたとき、はじめて人は絶対の世界に生きることができる。


***

心では好きだ、愛していると思っているのに、肉体を愛せない。そういうところが自分にもある。

それは何なのか、ずっと疑問に思ってきた。自分にそれができないのは、何か過去にトラウマを抱えているからなのか? 自分が傷つかないために、肉体を愛することを拒んでいるのか? 

できることならそれを知りたいと、ずっと思っていた。

朔太郎のこの言葉を四次元マッピング®︎で探索したら、その答えがわかった。それは「素直じゃない」から。

松下幸之助の着地点もそこにあった。すべてのことにおいて「素直になる」こと。

素直をもっと別の表現をすると、絶対の世界に生きるということ。それは「ジャッジしない」ということだ。目の前にあるものに白黒をつけない、あるがままに受け取るということだ。

朔太郎が言っているのは「心ではジャッジすることなく愛しているのに、肉体は好きだ嫌いだ、きれいだ汚いとジャッジしている。ああ、素直になれない自分」、そう言って自分の小ささを嘆いている。

でも、そういう表現ができるということは、朔太郎にはすでに絶対の世界が見えている。ジャッジしない世界があることを知っているからできる表現なのだ。


自分でこうなりたい、という理想を描くことを「ビジョン」というが、ビジョンとはジャッジする世界だ。でも、ジャッジしない世界がある。それが「ミッション」だ。

ビジョンに生きるのではなく、ミッションに生きると、ジャッジしない世界が待っている。

ミッションとは、使命のこと。すべてのいのちはつながっていて、そのつながりは絶妙なバランスで保たれている。その中で自分という存在もまた、必ずなくてはならない役割がある。それがミッションなのだ。

ビジョンの自分ではなく、ミッションの世界に生きたとき、はじめてすべてをありのままに愛せるようになる。

人間が素直さに目覚めたとき、素直じゃない自分とのギャップに苦しむことになる。でも、この苦しみこそが、自分という原石を磨く砥石となるのだ。

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# by kojobunko | 2019-02-09 07:18 | 名言ワンダフルライフ365 | Comments(0)

039 自分の種をどこに蒔く?(名言ワンダフルライフ365)


運命は我らを幸福にも不幸にもしない。
ただその種子を我らに提供するだけである。
ミシェル・ド・モンテーニュ


人生は選べるもの、
自分が蒔いた場所に、
いまの自分が育っていく。


***

モンテーニュの名言を読んで、そういえばこんな話を思い出した。

自分という種の話だ。

自分という種、それは誰もが持って生まれてきている。

あとは、その種をどこに蒔き、どう育てていくかによって、どんな花を咲かせ、どんな実をつけるかが決まってくるのだ。


例えば、ひまわりの種は、蒔かなければ種のままだが、それを蒔いた時点からひまわりの成長が始まる。

でも、一番大切なのは、どこに蒔くかだ。環境の整った太陽の光がたっぷりと降り注ぐ大地に蒔けば、おのずと立派なひまわりに育つものだ。

同じ種でも、マンションのベランダの植木鉢に蒔かれて、日当たりがいまひとつの環境だと、ひまわりもそこそこにしか育たない。

同じ種だというのに、蒔く環境によってそれほど違ってくるのだ。


人にとって、蒔く環境とは、どんな哲学を持つか。

哲学というと学問っぽいが、人が持っている価値観と言い換えてもいい。

例えばその人が生まれた家庭の、両親が持つ価値観によって、その子がどんな風に育っていくかが決まる。つまり、両親の哲学によって育てられるわけだ。


どこに生まれてくるかは、自分では選べない(でも今では、どの親を選んで生まれてくるかも、自分で決めているという説もある)ので、どこに生まれるかによって人生は決まってくる。

しかしそれがすべてではない。その後成長するにしたがって、自分で選択する自由が与えられている。

哲学といっても、例えば極道の道に入ったら極道哲学、研究者の道に入ったら研究者哲学、職人の道に入ったら職人哲学というように、選んだ道によって哲学が決まり、そこにあるルールによって人生は展開していく。

自分という種はすでに決まっているが、蒔かれた場所によって、どんな哲学を持つかによって、自分という花の具合は天と地ほど変わってくるのだ。

宗教だってそうだ、どんな宗教を受け入れるかは、どんな哲学を持つか、それはどんな環境に自分を育てていくかの選択でもある。


さて自分はどんな哲学を持っているだろうか。どんな環境に自分という種を蒔いただろうか。

人生とは、運命とは偶然に過ぎていくものではない、どんな土壌に自分という種を蒔くかによって、それに見合った花を咲かせ、実をつけていく。

すべては偶然じゃない、自分が蒔いた通りに、人生は展開しているのだから。





















***


# by kojobunko | 2019-02-08 07:23 | 名言ワンダフルライフ365 | Comments(0)

038 想定外の自分(名言ワンダフルライフ365)


宇宙の不思議を知りたいという願いではない、
不思議な宇宙を驚きたいという願いです! 国木田独歩


もっともっと自分を知りたい。
不思議な宇宙を驚ける自分、
そんな自分を発見したいのだ。


***

どんなときに人は驚くのだろう、と思いを巡らせてみた。

自分が驚いたこと、それは祖母の死だったかもしれない。父の死は、闘病の間ずっと寄り添っていたので、それは想定内の出来事だったが、祖母の死は、遠方にいたこともあり、心の準備もなく突然だったので、それは想定外の出来事で驚いた。


それ以外に驚いたこと、それは知らなかったことを知ったとき。

自分は20代のあるとき、「この宇宙の法則を知りたい」「この世の仕組みを知りたい」と願った。

楽しく、楽に生きたいなら、そんな疑問は持たないことだ。

それからというもの取り憑かれたように、その答えを知るために本を読み漁った。気がつくと3年で500冊もの本を読んでいたが、けっきょく読めば読むほどわからなくなり、消化不良を起こしそうになった。

そのとき決行したのが、体験すること。一番リアルに体験できるのが仕事だ。サラリーを返上して、自営の道を選んだのも、今考えると「知りたかった」からだ。


それからいろいろなことを経験してきて、たった一つ、一番驚いたことを挙げるとするとそれは、今ここに自分が存在していることの不思議に気づいたあの瞬間かもしれない。

宇宙やこの世の仕組みを知りたいという願いから、いろんなことを知り、体験してきたが、究極知りたかったのはそれじゃなかった。

本当は「自分を知りたかった」。

今は宇宙よりも、世の中よりも、自分をもっと知りたい。自分を驚きたい。

自分にはどんな特性があって、どんな風に社会に役立てられて、どんな風に喜んでもらえるのか。もっともっと自分を知りたい。要は、

不思議な宇宙を驚ける自分だ。

まだ出会ったことがない、宇宙よりも不思議な想定外の自分を発見したいのだ。



























***






# by kojobunko | 2019-02-07 07:23 | 名言ワンダフルライフ365 | Comments(0)

037 大決心(名言ワンダフルライフ365)


善にもせよ、悪にもせよ、
人が或る大決心を固めた場合には、
其れに付随する一種壮烈な感懐が
胸一杯に溢れるものである。 谷崎潤一郎


大決心したときの心の声、
それは「よく生きたい」という本心の叫び。


***

自分が大決心したのはいつだろうか? と思いを巡らしてみた。

23歳のとき、大阪へ。28歳のとき、独立自営の道へ。40歳のとき、岡山へ帰省。47歳のとき、100日修行へ。

その中でもナンバーワンは、やはり28歳の独立自営だったと思う。サラリーマンから経営者へ、と言いつつも、経営のけの字も知らない、というよりも経営者を目指していたつもりもなく、何の準備もなく海に飛び込んだ、あわれな青年という感じだった。

しかしそのときの心境は、まさに「一種壮烈な感懐が胸一杯に溢れるもの」だった。

今思うと、大決心するという経験ができてよかった。その経験は自分の人生の宝物になっている。


その決心のときは、今振り返ってみると自分の節目だと気づく。

竹は節目を作りながら真っ直ぐ上に伸びていく。節目があるから上部に伸びていけるのだ。

決心するとは決断すること。決して断つ、それは何を断つかといえば、一番に人間関係だと思う。自分の根幹となる人間関係、家族、友人、恩師などはそのままだが、枝葉にあたる人間関係はごっそりと入れ替わってしまう。まるで場面の変わった映画のように、キャストが総入れ替えになるのだ。

また、自分という主役の姿も変わる。青虫が蝶になるためにサナギになったとき、そのサナギの中は液体化され、蝶の痕跡はない。その中に宿った蝶になるという情報が、液体を蝶という個体へと進化させるのだ。

大決断して、進化する人間もまた、それと同じような現象が内部で起こっているように思う。


人間であれどんな生物であれ、その根底には「よく生きたい」という本能がある。その本能は、自分らしく進化したいという願望でもある。

壮烈な感懐とはまさに「よく生きたい」という本心の叫びなのだと思う。






















***


# by kojobunko | 2019-02-06 06:57 | 名言ワンダフルライフ365 | Comments(0)

036 死は生のひとつのカタチ(名言ワンダフルライフ365)


少なくとも自然は、生命を更新するためにのみ死を役立てます。
オーギュスト・ロダン


この宇宙に死というものはない。
死もまた生のひとつのカタチなのだ。


***

ひらがなの五十音は、「ん」で終わりとなる。それは、人で言うと死を意味する。

「あ」で生まれて、「うん」で死んでいくのだ。


自分の名前には「ん」がついている。最近「名前のことだま名言鑑定」というのを始めた。人の名前のことだまを調べてみると、どの人もその名前にぴったりの性格を持っていることがリアルに分かる。

例えば、「ん」のことだまを持っている自分。

「ん」のことだまは、今までの流れを終わらせて、次の段階の新しい「あ」の準備をする働き。また、悪いものを清算して良いものを未来に引き継ぐ働きもある。

自分の過去の活動を振り返ってみてみると、確かに顕著に、始まりと終わりに関わる仕事ばかりしている。まさに「ん」のことだま通りに動いているわけだ。


名前のことだまを鑑定してみて、少しずつ分かってきたことは、名前は偶然に親が付けたものじゃない、ということ。名前は、その人が必然的にそのことだまを引き寄せた、といったほうが的確だ。

この世のすべての存在は振動を持っている。人もまた同じだ。自分という波動を持って生まれてきて、その波動に合ったことだまが必然的に引き寄せられ、その人の名前になっている。


さて、自分の名前にある「ん」ということだま。それは死を意味する、とともに生へのバトンタッチの役目もある。自分にとって、この死と生の循環を知ることは、この人生で生まれ持った課題のひとつのように思う。


死というものは、生のひとつの形なのだ。この宇宙に死はひとつもない。
宮本輝『にぎやかな天地』より





















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# by kojobunko | 2019-02-05 07:03 | 名言ワンダフルライフ365 | Comments(0)

035 心のマッチョになる(名言ワンダフルライフ365)


自から心を安んぜず、思を静かにする能わずして、
他を楽ましめ、他を慰むるは難からずや。 戸川秋骨『塵窓余談』


「今この瞬間がありがたい」
安んずる心は、そこ以外にはない。


***

安心は誰もが望む境地だが、分かってはいるけど気がつくと心はネガティブな思いでいっぱいになってしまっている。

中村天風は、この世は泥水のようなもので、放っておくとそれに浸ってしまう。そうならないためには、心がけて積極的な心を養うことが大事だ、という話をしていたことを思い出した。まさに蓮の花だ。


今自分が、毎朝、先人の言葉に四次元マッピング®︎でリンクしているのもそのトレーニングのようなもので、そのゴールは毎回、自分の本心が喜ぶ、ポジティブに着地することを心がけている。要は物事を良くとらえる練習をしているわけだ。

まず、自分が安んじ、静かにいられるように心を鍛錬する。

心のマッチョを目指しているのだ。


心は放っておくとどんどんネガティブに流れていくものだ。だからこそ、日々の心の筋トレが欠かせない。

筋肉は使わなければどんどん落ちていくが、心の筋肉もトレーニングしていないとどんどんネガティブになっていくようにできている。

人を楽しませ、慰めるには、まず自分が心のマッチョになる。

そのための秘訣は、今に生きること、それしかない。過去には後悔や怒りが、未来には不安があるだけ。安んずる心は、今この瞬間にしかないのだから。


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# by kojobunko | 2019-02-04 06:59 | 名言ワンダフルライフ365 | Comments(0)

034 たった一言でいい 愛してる(名言ワンダフルライフ365)

本当に愛しているならば、無意識に愛の言葉も出るものだ。
どもりながらでもよい。たった一言でもよい。せっぱつまった言葉が出るものだ。愛は言葉だ。
言葉がなくなりゃ、同時にこの世の中に、愛情もなくなるんだ。 太宰 治



愛の言葉は、湧き上がってくるもの。
考える愛は、愛じゃない。



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あなたは何が好きなんだい。好きだったり、得意だったりすること、一つや二つはあるだろ?

それをやってたら楽しくて、楽しすぎて時間を忘れることってある。それを楽しむために、あなたは生まれてきたんじゃないかい?

心の底から楽しんでいる自分、それが本当の自分なんだよ。


あれこれ考えすぎずに、とにかく楽しいと思うことを迷いなくやってみてごらん。

それに没頭する。没頭って、頭が沈没するんだよ。もう、考えてなんかいられない。


ワクワク感はどこからやってくるか? 頭じゃないよ。ハートの奥からやってくるんだ。

そこには愛がある。愛は、あなたが最高に生きれるように、いつも導いてくれている。

その導きのシグナルがワクワク感、やむにやまれず湧き上がってくる思いだ。それを無視しちゃダメ。


人を愛することも同じ。ワクワクドキドキ、やむにやまれないものだ。

どもりながらでも、せっぱつまっても、湧き上がるその思いを伝える。

それが愛の言葉なんだ。





















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# by kojobunko | 2019-02-03 08:31 | 名言ワンダフルライフ365 | Comments(0)

033 よく生きたい人へのラブメッセージ(名言ワンダフルライフ365)

これから始める「名言ワンダフルライフ365」のまとめ方を決めておきたいのですが?


テーマは「よく生きたい人へのラブエッセイ」。
「自分の人生をよく生きたい」「あぁ、いい人生だったな」と言えるための生き方のヒントを、先人の言葉から甦らせる。


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この世に生まれて、「よく生きたい」と思っていない人はいない。生まれたからには、どんな境遇であれ、どんな環境であれ、よく生きたいというのは本能の中にすでにある根本欲求だ。

しかし、「よく生きる」とはどういうことなのか? 人それぞれ顔や性格が違っているように、その意味や価値も人それぞれ違ってくる。


歴史始まって以来、この地球上には無限と言える命の存在があり、その命は循環しながらつながってきている。

その中で「生きたい」という本能はすべての生命が持っているものだが、「よく生きたい」と思うのは人間だけ。

その人間には「言葉」というツールがある。これは、ただ生きるのではなく、よく生きるためのツールとして人間だけに与えられ、人は考え、伝えるためにこのツールを活用してきた。


自分たちの大先輩である先人たちもまた、この言葉というツールを使っていろいろな表現を試み、よく生きるためのメッセージを残してる。それが「名言」だ。

名言には、その人の生きざまや本心がありありと刻み込まれている。その人が、どんなことに意味や価値を見出し、それをどのように実現していったかを、その言葉から今でも感じ取ることができる。

自分たちもまた、その先人たちと同じ土壌で、いまを生きているのだ。

「よく生きたい」というその欲求は、何ものにも代えがたく強烈に命の中に組み込まれている。

ではどうすればよく生きられるれるのか、それは考えてわかるものではない。考えるよりも感じることが大事なのだ。


このブログでは、よく生きるとはどういうことなのかを感じるために、先人たちの名言のもつ波動に四次元マッピング®︎というツールを使ってリンクし、先人を今の時代に甦らせてみようと思う。

テーマは「よく生きたい人へのラブエッセイ」。

これから1年近く続いていくラブメッセージが、あなたのハートに届くことを願って。


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# by kojobunko | 2019-02-02 09:22 | 名言ワンダフルライフ365 | Comments(0)

032 悩みがないのが悩み(名言ワンダフルライフ365)

「名言ワンダフルライフ365」の質問が浮かばなくなったのですが?


「名言ワンダフルライフ365」を続ける目的は、
質問探しをするためじゃない。
今回の人生で学んだことや体験を四次元マッピング®︎を使って整理して、言葉に残していくことだ。


***

今日で32日目、ついに考えても考えても、質問が浮かばなくなった。

このブログは、自分の疑問や抱えている問題を、先人や偉人に投げかけて答えてもらうという、一人遊びというか、思い込み力を使った試みを続けている。


まず、自分の心の中にあるモヤモヤや悩みを探して質問にし、それを先人を想定して投げかける。

寝る前にその質問をノートに記して、それを早朝の寝覚めに朦朧としながら四次元マッピングを使って先人の答えを導き出していく。

次に、その答えを自分なりにアレンジ、構成して文章を作る、ということをやっているわけだ。


毎回、四次元マッピングを使って自分の中の意識を探索していくと、自分でも想定外な答えが出てきて、その瞬間ときたらエクスタシーを感じるほど。

自分にとって的確な答えが毎回降りてくるので、自分の人生はこれから悩み知らず。これほど簡単に悩みは消えてしまうものなのかと。

そのおかげでこの1ヶ月、その日一日がどれだけ心軽く、楽しい気分で過ごせたか。


しかし、人は1ヶ月も、そんなことを続けると、悩みがなくなるということが分かった。

悩みが消えていくエクスタシーを体感したいがために、悩みを見つけて質問しようと考える。でも、悩みが出てこない。

もう必死に探す、でも出ない。

しばらくうんうん言ってたが、ふとわれに帰って爆笑した。

悩みがないのが悩みになっていた。

おもしろ!


さて、悩みが消えていく、あのエクスタシーが感じられなくなるのは少し寂しいが、自分の中の悩みを追いかけるのはもう十分みたい。

なので、2月に入り、ここで方向転換。もう少し楽しみながら続けていこうと思う。


いずれにしてもこの365日の試みは、自分の人生で学んだり体験してきたことの総決算のようなところがある。

このブログのテーマは「名言ワンダフルライフ365」。
明日からは、自分が膨大にストックしている名言の中から、今日の自分にあった言葉を一つ選び、四次元マッピングを使って先人のハートにリンクしてみたいと思う。


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# by kojobunko | 2019-02-01 07:28 | 名言ワンダフルライフ365 | Comments(0)

031 究極の聞き上手になる(名言ワンダフルライフ365)

人の話を、よく聞けるようになりたいのですが?


人の話をよく聞くためには、
表面的な話や言葉だけじゃなく、
その人が大切にしている本心の声に耳を傾けることだ。


***

この人、人の話を全然聞いてないな。自分本位で相手のことを分かろうとしていない。というか、人の心を察する能力が低いのかもしれない・・・。そんなことを感じることがあった。

が、もしかしてこれって、自分も同じようなことを気づかずにしてるかもしれないなぁ。そう思うと、恥ずかしくなった。そして、よく人の話を聞けるような自分になりたいなと、しみじみと思った。

でも、「よく聞く」とはどういうことなのか、分かっていないと、よく聞くことはできない。


自分は自分のことを、コミュニケーション能力が低い人間だと自負していて、そのことがコンプレックスでもあった。でもその原因はなんとなく分かっている。

自分は物事を恐ろしく理路整然と考え、割り切って理解していく性質を持っている。だから、割り切れないものは分からないもの。分からないものは自分が混乱するだけだから、その時点でさっさとシャットアウトする。どうやらその辺りが、コミュニケーションに支障をきたしているようにも思う。


こんな自分でも、というか、こんな自分だからこそよく聞く訓練に使える方法を思いつき、いまトレーニングをしているところだ。それが「四次元マッピング®︎」というヒアリングツールだ。

その方法を少しだけシェアすると、人には3つの意識層がある。

1、あたまで考える
2、ハートで感じる
3、おへその本心

これを意識して、相手がどの意識で話しているのかを察することができたら、それにこちらも合わせて話をすることができる。するととてもよく相手の話が聞けるようになる。

もう一つ、人は3つの心の位置で話している。

1、建 前
2、本 音
3、本 心

いずれにしてももっとも大切なのは「本心」。人は誰もが心の中心に「本心」という宮殿を持っていて、そこには大切な大切な宝がある。その本心こそが、その人の本体だ。

かならず言えるのは、どんな人も本心で「よく生きたい」と思っているということ。

人の話をよく聞くためには、その人の表面的な話や言葉だけじゃなく、その奥にある「よく生きたい」という心の声に耳を傾けることが大切。

それをいつも意識して相手の話を聞く。すると、自分の本心と相手の本心が共鳴して、一体感やわかり合っている感覚を体感できるようになる。

究極の「よく聞く」とは、相手の本心と、自分の本心を通わせることなのだ。


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# by kojobunko | 2019-01-31 07:29 | 名言ワンダフルライフ365 | Comments(0)


本は、過去、現在、未来をつないでくれるツールです。読む本はもちろん、本には作る楽しみもあります。まだ知らない本の世界をシェアしていきます。by 柴田健二郎


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